第19話 彼女は、生きたマネキンとなる。

「着色料だ・・・・・・!」


 舞音まねは目を丸くし、思わず声を漏らした。


 特別なタルト上にたっぷりとかけられていた、謎の液体。その正体は、タルトに乗った果物たちを照り映えさせるための、食用色素。通常の客席より強力な照明の下でも、果物が色褪せて見えないようにするための、食品着色料である。


 舞音は全てを察して、天井を仰いだ。


 ショーウィンドウ席限定メニューとは、隠された絶品スイーツのことではない。それは強い照明にも白飛びせず、街ゆく人の目に鮮やかに映えるように、色彩が調整された、まるで食品サンプルのごときスイーツのことだったのだ。


『ああ、ぜひ駒井様にも当店自慢の『特別メニュー』を味わっていただきたかった・・・・・・本当に、残念でなりません!』


 半年前に聞いた柘植つげの悲痛な声色が、脳内で嫌味ったらしく再生される。その瞬間、舞音が心の中で「あのたぬきジジイ!」と絶叫したのは、言うまでもないことだった。


 それでも彼女は、騙された怒りと悲しみで荒ぶる心中を、おくびにも出さなかった。その鋼の精神力を総動員して感情を押し隠し、ただ優雅にティータイムを楽しんでいるように振る舞った。


 そうすることが、今の彼女の役目であり、本望だったからである。


 その努力の甲斐あって、いつしかCafe Boutiqueのショーウィンドウには、通行人たちの視線がいくつも注がれるようになった。そのむず痒い感覚は、彼女にとって敬遠すべきものではない。むしろ待ちに待った、至福の感覚である。


 きっと外から見れば、今の自分はこの美しい街並みに完璧に調和している。

 人々を虜にするショーウィンドウの一部に、自分はなったのだ。

 店外から注がれる数々の視線こそが、その証拠である!


 窓の外を人が通るたび、彼女はこの確信を強めていった。すると、特別メニューの正体がカラフルな色水のかかったケーキだったことは、たちまちどうでも良くなった。


 今、舞音を満たしているのは、極上の達成感のみ。

 湧き上がる歓喜の泉に、彼女の表情は自然と弛んでいく。


 その生きたマネキンは、夢にまでみたモノクロのショーウィンドウの中で、極彩色のタルトを頬張った。

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