色鮮やかな景色
第18話 特別メニュー
Cafe Boutiqueのショーウィンドウ席。そこにたった今、展示されているのは、生きたマネキンになりたい女と、それを作りたい男。ある種、常軌を逸した二人組である。
「さて、ご注文はもうお決まりでしょうか?」
彼女が何を注文するのかは、それほどまでに明白だった。
「先日おっしゃっていた、特別メニューをお願いします」
「かしこまりました」
柘植は言うと、バックヤードへ姿を消した。
◇ ◇ ◇
待ち時間、舞音は心ゆくまでショーウィンドウ内を観察した。
彼女の左横にはショーウィンドウの大きなガラス。反対側にはCafe Boutiqueのロゴ入りの壁がそそり立つ。頭上を見上げると、通常の客席よりも光度の強いライトが、目を刺すほど眩しく煌めいている。壁に挟まれたこの場所は、舞音の想像よりも狭く感じられた。
さらに舞音は、この空間には外界の喧騒が全くと言っていいほど入ってこないことに気がついた。ガラスも壁も、音を通さないほど分厚いようである。耳鳴りのするような無音が、この場所の作り物めいた雰囲気を一層、際立てた。
非日常的な圧迫感の中で、舞音は注文した品々の到着を、今か今かと待ち構える。
そして、数分後。
銀のトレイを片手に、柘植が再び姿を現した。
彼は流れるような手つきで食器をテーブルに並べた。その手つきを、舞音は期待のこもった目で追いかける。しかしその表情は、メニューの全貌が明らかになるにつれて、徐々に困惑の色が強くなった。
全ての商品が舞音の前に揃うと、柘植はその顔にいつもの営業スマイルを貼り付けて告げた。
「以上がショーウィンドウ席限定、特別メニューになります。どうぞごゆっくり、お楽しみください」
彼にはこの状況を説明する気が、微塵も無いようである。
困惑する彼女を残し、柘植は一礼してその場を後にした。
◇ ◇ ◇
さて舞音の前に出されたものは、二つ。
ポットに入ったホット紅茶と、フルーツタルトだ。
そう、いつものケーキセットである。
彼女はしばしの間、無表情で考えこんだ。
これのどこが、特別なのだろうか。
たしかに、タルトの見た目は、前回とどことなく違う気がした。記憶にあるものよりも、数段華やかな印象だ。しかし具体的にどこが違うのかと問われると、彼女には判断がつかない。
いや、そもそも「本当にタルトが通常メニューをは違うものなのか」という根本的なことさえ、舞音には分からなかった。ただでさえ、今の彼女は、憧れの席に到達した喜びで平常心を失っている。その上、照明の光は店内席よりもかなり強い。そのせいで見え方が違っているだけ、という可能性もあった。
じっと眺めているだけでは埒が開かないので、彼女は試しに紅茶をカップに注ぎ入れた。するとふわりと立ち上ったのは、ダージリンの香り。彼女が二回目に店を訪れた際に注文したものと、全く同じ香りである。こちらの
通常メニューとの違いが見つからないことに、舞音は焦りを覚えた。
もしかすると、彼女が気づいていないだけで、茶葉がいつもより高級なものに変わっているのかもしれない。さもなければ、フルーツの種類がいつもより多いのか、タルトの生地が違うのか。
とにかく、何か違いがあるはずだ。
きっと「わかる人には分かる」違いが、ここには隠されているのだ。
初めてこの店を訪れたときと似た緊張感が、冷や汗となって彼女の背中を伝った。
半年かけてたどり着いた、特別メニュー。
その「特別さ」が見抜けないなど、彼女のプライドが許さない。
舞音はポットを置くと、ナイフとフォークを手に取った。それからセオリー通りの完璧な所作で、タルトの先端を切り離した。その際、食器の持ち手から伝わってくる感触も、いつもとまるきり同じ・・・・・・
いや、違う。
そこで彼女はあることに気づき、目を見開いた。
切り離したタルトの先端には、いつも通り、四つ切りにされた苺が鎮座している。しかしその苺には、これまでに見た覚えのない、鮮やかな赤色の液体がかかっていたのだ。
彼女の困惑はさらに増した。その液体が何なのか、分からなかったからだ。もしそれがもっと透明感のある液だったら、果汁や砂糖を使ったシロップだと判断しただろう。しかし、それは明らかに果汁ではありえないほど、濃厚な赤色をしている。
しかも、よくよく観察してみれば、苺以外のの果物にも、それぞれの色に近い液体が丁寧に塗り付けられていた。ブルーベリーにはベリー色の、桃には薄黄色の、そしてシャインマスカットには黄緑色の液体が、といった具合に。
そこまで確認して、ようやく彼女はその液体の正体を見破った。
「着色料だ・・・・・・!」
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