第15話 一名様ご案内
シャンデリアと大理石が輝く、高級感のある店内。
「いらっしゃいませ。何名様でいらっしゃいますか」
「一人です。お久しぶりですね、柘植さん」
舞音は人差し指を立てながら、久しぶりに会う因縁の相手の名前を呼ぶ。彼は大きく目を見開いた。
「これはこれは、駒井様ではありませんか」
彼は我にもなく、舞音を上から下まで観察した。
地毛よりほんのり明るく染められた髪色は、軽やかさを演出。ナチュラルに施されたメイクは、彼女の自然体の美しさを際立たせている。そして首元には細い銀のネックレスが光る。首から上だけ見ても、彼女はすでに別人のように様変わりしている。
さらに着ているものも、前回の白Tシャツとジーパンから、大きくイメチェンしていた。今日の彼女は流行りの大きなフリル襟をあしらった白ブラウスに、黒のハイウエストパンツ。そして足元にはシンプルな形状のパンプス姿。女性らしい華やかな印象を出しつつも、全体をスタイリッシュにまとめ上げている。
半年という期間を経て再会した舞音は、柘植の記憶にある姿からは大きく変貌を遂げていた。常日頃から、洗練されたファッションを見慣れている柘植の目にも、今日の彼女は美しかった。
再三述べていることだが、舞音はアルバイトで小遣いを稼ぐ平凡な大学生である。髪を染めるのにかかる料金ですら、彼女にとっては決して安いものではない。その状況で、よくもここまで雰囲気を変えられたものだと、柘植は内心、舌を巻いた。
しかも、驚くべきことはそれだけではない。彼は舞音の着ている服を、注意深く観察し、信じられない思いで尋ねる。
「そのお召し物は、どこでお求めになったのですか?」
すると、彼女はよくぞ訊いてくれたと言わんばかりに、その場でくるりと一回転した。
「これ全部、今日のために、ラフィニ通りのお店を回って探したんです」
そう、普段は低価格帯の品々を購入していた舞音だったが、この日のために、奮発してハイブランド品を一式買い揃えていた。彼女にとっては手痛い出費だ。しかしそれでも、こうするのが必然に思えたのである。
全ては、Cafe Boutiqueの美しき生きたマネキンとなるために。
そして、ショーウィンドウ席限定の特別メニューを堪能するために。
舞音の想像を絶するの気合の入りように、柘植は今度こそ開いた口が塞がらなかった。
「『経済的な理由のために、ファッションは諦める』とお聞きしたように記憶していますが。いやはや、どういう風の吹き回しでしょう」
「何を言っているんですか? お金がないなら、稼げばいいだけの話ですよね」
舞音はバリキャリ版マリー・アントワネットのような持論を振りかざし、その口元に不敵な笑みを浮かべる。
外見こそ垢抜けてすっかり別人の舞音だが、その笑みだけは前回と全く変わっていないことに、柘植は気がついた。
彼の瞳の奥で、その品定めをするような視線がキラリと輝く。
「さあ、お席にご案内いたします。どうぞ、こちらへ」
彼は舞音を、ショーウィンドウ席へと案内した。
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