全力すぎる挽回2

第13話 再燃する闘志

 舞音まねは、Cafe Boutiqueを後にした。すたすたと歩くその姿は、宣言どおりショーウィンドウ席に対する未練など、まるで感じさせない。


 しかし実際には、彼女の頭の中は、柘植つげが最後の最後に口にした『特別メニュー』のことで占め尽くされていた。


 Cafe Boutiqueのケーキと紅茶は絶品だ。値段は高いが、それだけの価値はあると舞音は思っている。あれ以上のケーキセットを提供している店は、そう多くはないだろう。


 そんなカフェが、ショーウィンドウ席限定で特別なメニューを用意している。

 その事実が、彼女の期待感を揺さぶってならない。


 特別メニューとは、どんなものだろう。

 通常メニューのアレンジ? 

 それとも全くのオリジナルメニュー?


 何にせよ、その特別メニューがこの上なく美味なのは確実と思われた。


 気になる。

 すごく気になる。

 とんでもなく気になる。

 どうしようもない程気になる。

 気になって気になって、仕方がない。


 この、特別メニューに対する果てしない期待感。

 これが再び、舞音の心に烈火の如き闘志を注ぎ込んだ。


 次の瞬間、彼女は人目もはばからず叫んだ。


「やっぱり諦めるのはやめた。何が何でも、ショーウィンドウ席に座る特権、この手で勝ち取ってみせる!」


 街路中央で拳を握りしめている彼女に、周囲を歩く通行人たちの目は、否応なしに集中することとなった。



 ◇ ◇ ◇



 帰宅すると、舞音は早々に検索エンジンを開き『初心者におすすめ ファッション勉強法まとめ』と銘打たれたウェブサイトを見つけ出した。そこには有名なファッション学習用サイトが、数多く掲載されている。彼女はそれらを片っ端から読み漁った。


 またそのページで紹介されていたファッション関連アプリも、手当たり次第にインストールした。それらのアプリ内では、最新のトレンドや、体型・予算に合わせたコーディネート、さらにはコスメやヘアメイクまで、外見を磨きたい者が抑えるべきありとあらゆる情報が配信されている。彼女はそれらのアプリ全てを、毎日欠かさず巡回し、情報収集に徹した。


 二週間ほど経過した頃には、舞音はファッション誌や参考書を買い漁るようになった。ネットで手に入る情報だけでは、もはや満足できなくなったのである。


 服の種類。素材、色彩、シルエット。それらを活かすコーディネート方法。

 さらにはファッション史に、服飾業界のビジネス構造まで。

 彼女の知識量は、日を追うごとに増した。


 勉強の過程で、舞音はパーソナルカラー診断や骨格診断といったものの存在も知った。パーソナルカラーは、肌の色や髪の色に合わせて似合う服の色を見つける方法。診断結果はイエベ春・秋、ブルベ夏・冬の四タイプがある。一方、骨格診断は、体の形に基づいて似合う服のスタイルを特定する方法で、ストレート、ウェーブ、ナチュラルの三つのタイプが存在する。


 彼女は数日分のアルバイト代を全額はたいて、これらの診断を行った。結果、パーソナルカラーはブルベ夏、骨格はウェーブに分類されることが分かった。つまり似合う色は、水色、ベビーピンク、オフホワイトなど青みを帯びた淡い色。似合う服は、フリルブラウスやフレアスカートなどソフトで華やかな印象の服、といったところだ。


 これらの結果は、舞音に苦い衝撃を与えた。普段、彼女はカジュアルなパーカーや、濃色のジーンズばかり着回している。最後にCafe Boutiqueを訪れた際も、その格好だった。しかし、診断結果は、彼女の普段の服装とは全く異なる系統の服を「似合う」と示していたのだ。これでは、柘植つげも「自身の雰囲気に合うファッションを選べ」と進言するわけである。

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