そのタルトも敗北の味

第11話 見逃していた選抜基準

「あの。私、次こそはショーウィンドウ席に、案内していただけますよね?」

「いいえ。残念ながら、駒井様はまだその段階にいらっしゃらないようにお見受いたしました」


 そう言って、平然と舞音まねの期待を裏切る柘植つげ

 気づけば彼女は電光石火の反応速度で、くってかかっていた。


「は? ちょっと待ってください。自分で言うのも何ですけど、今日の私、完璧でしたよね。こう見えて、この一週間、毎日三回欠かさずに、タルトと紅茶の上手な味わい方を練習してきたんですよ。これ以上、何をどうしろと言うのですか」


 さっきまで上機嫌だった客が、一転。急に喧嘩腰で詰め寄ってきたので、柘植はその温度差にたじろぎつつ、数歩後退した。


「どうか落ち着いてください。大きな声を出されると、他のお客様のご迷惑にもなります」


 そこまで反射的に対応してから、ようやく彼は舞音が話した内容を咀嚼する。その衝撃の内容が、彼の脳内で意味を結んだのである。


「え、一週間、欠かさず練習を・・・・・・?」


 一瞬、本気でドン引きした反応を見せてしまった柘植。彼は己の失態に気づくと、慌てて感心した言葉を並べた。


「ははぁ、左様でございますか。どおりで、前回とは見違えるように美しく振る舞っていらっしゃったわけです」


 しかし取り繕いの甲斐なく、舞音は彼を睨みつけた。


「それ、嫌味ですか?」


「いえいえ、とんでもございません。本心ですよ。確かに、本日の駒井様は、入店から注文、食事から支払いに至るまで、完璧な振る舞いをしておられました」


 柘植は大袈裟に両手を振る。そして低い声で付け加えた。


「ええ、完璧でしたとも。振る舞いに関しては」


 意味深な言い回しに、舞音は考え込むように視線を落とす。

 その刹那、彼女の手には、じわりと汗がにじんだ。


「まさか・・・・・・!」

「ええ、そのまさかです」


 驚愕する彼女に、柘植は過酷な真実を突きつけた。


「最初に申し上げたでしょう。我々は窓際席にお通しする方を選定する際、服装や立ち居振る舞いが、当店の雰囲気に合致しているかを確認していると。そう、や立ち居振る舞いですよ。駒井様」


「あ、ああ・・・・・・!」


 舞音は改めて自分の姿を見下ろす。そこには、プチプラアイテムで全身を揃えた、平凡で地味な女子大生の姿があった。次の瞬間、店内には彼女の悲痛な声が響き渡る。


 「そんな、ファッションまで?!」


 しかし考えてみれば、当たり前である。何といっても、ここはラフィニ通りに店を構える高級カフェ。数々のハイブランドショップが群雄割拠する、あのラフィニ通りにあるカフェなのだ。


「失礼を承知で申し上げますが、ここでは一般の通行人すら、モデルか俳優と見紛うほどの、洗練された衣服に身を包んでいらっしゃいます。そんな中、駒井様のような服装をしたマネキンがショーウィンドウに置いてあったら、どう思われますか?」


 セールで買った白Tシャツに、フード付きの灰色パーカー。そして濃青色の使い古したジーンズ。これが彼女の服装だ。カフェの周りで見かける紳士淑女と比べると、安っぽさが滲み出ている。


 舞音は苦虫を噛み潰したような顔をした。

 しかし、認めないわけにはいかなかった。


「場違いだな、と思います」

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