第3話 開戦の狼煙
「誠に申し訳ございませんが、お客様に窓際のお席をご案内させていただくことは、難しい状況でございます」
「なぜですか?」
しかし店員は恭順な態度で「申し訳ありません」と繰り返すばかり。
そこで舞音は、さらに突っ込んだ質問をした。
「もしかして、あの二席は他のお客様に予約されているのですか?」
しかし店員は首を振る。
「いいえ、そういうわけではございません」
「では、何か座席に不具合があるのですか?」
「いいえ、そういうわけでもございません」
「じゃあ、どういうわけなんですか?」
舞音の表情が険しくなる。店員はこの厄介な客をどうしたものかと逡巡した。が、やがて意を決し、申し訳なさそうな表情を作って切り出した。
「大変申し上げにくいのですが、お客様は本日が初めてのご来店と存じます。当店では、初来店のお客様には、窓際席をご案内できないことになっているのです」
舞音がようやく聞き出した理由は、思いも寄らない内容だった。彼女は言葉を失った。たしかに、自分は新規客だ。しかし新規客は案内できないとなると、今日、彼女はどう足掻いても、あの美しい窓際席には座れないということになる。
舞音は残念がるより、むしろ呆れた。新規客かそうでないかで、座れる場所に制限があるだなんて、そんな馬鹿げた決まりを作って、何になるというのだろう。どうしてそんなルールがあるのか、彼女には全くわからない。
舞音は訝しむ気持ちも露わに、眉をひそめた。
「それって、何の意味があるんですか?」
すると店員はぐっと目を細める。その視線に、舞音は内心びくりとした。まるで自分が、料理に使われる食材のように、品定めされているように感じたのだ。
「お客様は、窓際席 — あのショーウィンドウ席に、ずいぶんご興味がおありのようですね」
当然だ。興味があるに決まっている。なんならショーウィンドウ席以外に、この店に期待しているものなど、ないと言っても過言ではない。彼女は声高に認めた。
「はい。それはもう、この上ないほど興味があります。ところで、望みの席に案内するかしないかを、客によって差別することに、どんな意味があるのでしょうか?」
察しのいい人間であれば、この時点で舞音がどんな人間か分かるだろう。彼女は一度決めたら頑として折れない。よく言えば意志の強い、悪く言えば
店員はいち早くそのことに気がつくと、これ以上のごまかしは無意味と判断した。彼は周囲の客に聞こえないように、声を低める。
「ええ、ええ、もちろん意味はございますとも。毎日、多くのお客様が、当店のショーウィンドウ席の様子に惹かれてご来店なさいます。かくいうお客様も、そのお一人でございましょう?」
図星を指され、舞音はたじろいだ。彼はどうして、そのことを知っているのだろう。もしや店に入る前から、ずっと自分を観察していたのだろうか。そんな疑念が頭をよぎると、彼女には店員の慇懃な態度が、急に不気味に思えてきたのだ。
本心の読めないこの男に、舞音はわずかに恐怖を抱く。しかしその感情を相手に悟られるのは癪だ。彼女は涼しい顔をして認めた。
「確かに、私はあのショーウィンドウに惹かれて来ました。それが何か?」
店員はそれを聞いて、チラリと含み笑いを浮かべる。
「そうでしょうね。つまりショーウィンドウ席の光景は、集客率を大きく左右する重要なものなのです。そのため当店では独自の基準を設けて、ショーウィンドウ席にご案内するお客様を選抜させていただいております」
「お客様を選抜?」
舞音は耳慣れない言い回しに戸惑って、聞き返した。
すると、店員はその瞳の奥を、鋭く光らせる。
「ええ、選抜でございます」
「一体、どんな基準で選抜するのですか?」
「例えば、他のお客様への迷惑行為がないか、服装や立ち居振る舞いが当店の雰囲気に合致しているか。そういった事柄ですよ。それらの事前確認の末、当店の看板を担っていただくのに相応しいと認められたお客様にだけ、ショーウィンドウ席をご案内しているのです」
店員の身もふたもない言葉に、舞音は衝撃を受けた。
目の前の客一人一人が快適に過ごせるように、最善を尽くす。
それが、プロの接客というものではないのか。
それなのに、もてなす側の人間が、客を見た目や振る舞いで選別するとは。
ファストフード店でのバイト経験からは、想像もつかない無礼な接客である。
再び言葉を失った舞音に、店員はまるで闇取引でも持ちかけるかのように進言した。
「もし本日のお客様のご様子が、我々の設けた基準を満たしていらっしゃれば、次回以降のご来店時にはショーウィンドウ席をご案内することもできましょう。ですので、本日のところは、こちらの席でご容赦いただけないでしょうか?」
舞音にとって、それは店員から突きつけられた宣戦布告だった。
今日この席で、彼を満足させるような振る舞いをすること。
それが彼女の勝利条件。
舞音はそれ以上何も言わずに、目の前の革張りソファーに腰を下ろした。すると執事のような店員は、その挑戦的な態度を穏便な微笑で巧みに隠し、そっとメニューを差し出した。
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