第2話 執事のような店員
そこへ彼女を出迎えに、店員と思しき一人の男性が現れる。この男は銀の短髪を後ろにピシリと撫で付けで、白い整った髭を生やし、タキシード風の服装に身を包んでいる。
「いらっしゃいませ」
低く柔らかな声で腰を折るその姿は、高貴な令嬢に仕える執事を連想させた。
この時点で、舞音の期待感は早くも頂点に達した。
たかがカフェとはいえ、ここはハイブランドが立ち並ぶ、あのラフィニ通りにある店だ。空間に漂う高級感は、そこらのカジュアルなカフェとは一線を画している。
一方、その日の舞音は、ショッピングセンターで手に入るような洋服 — いわゆるプチプラアイテムで身なりを揃え、その日の所持金もファストフード店でアルバイトして貯めた少額の小遣いのみ。いわば普通の大学生である。
そんな彼女にとって、このエレガントなカフェは紛れもなく非日常だった。
「何名様でございますか」
店員の質問に、舞音は我に返る。彼女はできるだけ大人びて聞こえるように、意識した声で伝えた。
「一人です」
「一名様ですね。お席にご案内いたします。どうぞこちらへ」
店員はまた恭しくお辞儀をし、舞音を店の奥へと導いた。
◇ ◇ ◇
舞音が通されたのは、窓から離れた壁際の一席だった。鏡面を思わせるような光沢のある黒の丸テーブルと、重厚感あふれる革張りのソファを前に、彼女は立ち止まる。
その席は、それはそれで申し分のないものだった。もし、ひとたびソファに腰を下ろせば、彼女はたちまち、ちょっとしたお嬢様気分に浸っていたことだろう。
しかし、今日の彼女には確たる目標がある。
そう、あの窓際席だ。
店員に案内されたこの座席の贅沢感も、あのショーウィンドウの完成された美の前では、まるでダイヤモンドの横に置かれたビーズアクセサリのように霞んでしまう。そこで彼女は、恭順な執事のごとくそばに控えている店員に問いかけた。
「あの、すみません。窓際の席に座ってみたいのですが、そちらに案内していただくことはできませんか」
すると慇懃な店員は、驚いたように目を見開いた。二、三秒ほど、彼らの間に緊張感と静寂に満ちた空気が流れる。そのあまりに大袈裟な反応に、舞音は戸惑った。自分はそんなにおかしなことを言っただろうか。
丸い目をして固まっていた店員だったが、彼は沈黙が長くなりすぎたのに気づくと、軽く咳をして取り繕った。それから改まった口調で申し出る。
「誠に申し訳ございませんが、お客様に窓際のお席をご案内させていただくことは難しい状況でございます」
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