精一杯楽しんでみるのも

 ピロンと通知の音がなった。

 

 ベッドに放ったままだったスマホを取ってそれを確認してみると、メッセージが一つ。おそらく佐奈からだ。いつも通りの他愛のない内容のメッセージ。今日はどうだったとか、帰る途中に何を見たとか。そういった本当に他愛のない内容。クラスが同じ時は一緒に休み時間にでも話してしまうのであまりしていなかったが、今はクラスが違うからというのもあるのだろう、結構な頻度でこういうメッセージのやり取りをしていた。

 

 例えば、最近はどんなご飯が好きとか風呂が熱すぎたとか、大体自分たちの生活の中のことを話したり、今日の授業は眠かったとか学校のことを話すときもある。それこそ始めの頃――出会った最初こそ、もちろん、少し壁のある話題ばかりだった、が、もうそれから何年も経つ。何度も色々なことを語り合った俺たちは、お互いのことに詳しくなった。佐奈が俺に対して一番の理解者であるという顔をするのはきっとこういう面もあるのだろう。

 

『ね、今、電話してもいいかな?』


 そうメッセージが送られてきた時、少しだけ頬が緩んだ。

 いつもなら、こういったことは聞いてこないのだ。勝手に電話をかけてきて、出られなかったときは少しむくれる。それだけだ。しかし、こうやってメッセージを送ってまで確認してきたというのはどういうことだろうか。経験則で言うと、かまってほしいという意思表示だろう。少なくとも、今まではそうだった。

 

 わかった。とメッセージを送ったが、すぐには電話はかかってこない。水を飲んだりして時間をつぶしていると、数十分して電話がかかってきた。


『言ってからちょっと時間経っちゃったかな。ごめんね』

「全然いいよ」


 ごめんねと言う割には物凄く嬉しそうな、弾んだ声が聞こえてくる。


「それで、なんか用があったりしたか?」

『もう! 意地悪言うなあ。こうやって確認してから電話を掛ける特は基本話したいだけのときだって、知ってるでしょ?』

「ああ。知ってる」


 そう言うと、『やっぱり知ってるんじゃん』と笑った。


「そういえばさ、佐奈は響花についてどう思った?」


 いつもの話題の延長線上として、俺は親友のことを、友達に聞いてみた。

 俺としては、この前こそ少し不穏な空気になっていたけども、二人は仲良くしていてほしいし、あの二人の相性が全く合わないということはなさそうだったからだ。


『うーん……どうだろ』


 だが、佐奈は想像に反して、一瞬ほんのり不機嫌そうな声で話し始めた。さっきまでの弾んだ声とは反対だ。怒っているわけではなさそうなのは良かったが。


『正直、まだあんまり話してないからわかんないかな。でも、少なくとも全然合わない! みたいなことはなさそうだよ』


 だが、響花のことを話すときには既にさっきまでと同じ声。

 というか、さっきの不機嫌そうな声は響花の話題についてではなく、俺に対してちょっと怒ってる感じだったんだよな……。なにか不機嫌にしてしまうことでも言ってしまっただろうか。


「ちなみに、仲良くなれそうか?」

『そりゃあなれるよ。共通の話題だってあるし?』


 即答のあと、あはは、と、楽しそうな笑い声が聞こえてくる。どうもそこに関しては疑いようないことらしい。


『まあともかく、心配しなくてもいいよ!……というか、私達は普段どおりでも問題ないと思う』

「うーん、良いんだろうか。響花は小学のときもあんまり馴染めてなくてな……」

『まあ心配する気持ちもわかるよ。見た目も、まるでまだ中学一年生みたいでかわいいしね』


 でもさ、と、落ち着いた声色の佐奈は続ける。


『多分、鵜戸が別れて四年間きちんと年を重ねたように、響花ちゃんもしっかり成長してると思うよ?』


 そう言われて、再会してからの記憶をもう一度引っ張り出す。

 転校生としてやってきた響花は、別れたときと比べ、ほんの少し成長したようには見えるが、ほとんど変わっていない見た目だった。でも、小学生のときは周囲に馴染めていなかったほど話すのが苦手だったはずなのに、最初の挨拶は堂々と大きな声で、笑顔まで向けていた。

 転校生らしく、いろいろなところへ引っ張り出されていたのに、不機嫌さを微塵も見せず、楽しそうにクラスメートと話していた。


『私は鵜戸が唯一『親友』だって言う響花ちゃんの事、鵜戸が一番きちんと見られてあげられてないんじゃない?』

「……ああ。ありがとう」


 親友。そう思っていたのに、小学生の時の影を追って、結局今の響花のことをきちんと見られていなかったということに今更気がついた。

 別に、小学生のときと別人というわけではない。

 俺が仲良く誰かと話していると、小動物みたいに寄ってきて、俺の後ろに隠れながらも「その人だれ?」と聞いてくるところも、俺と話しているときは心から楽しそうに笑ってくれるのも、変わっていない。


「俺もきちんと今の響花をそのまま見ることにするよ」

『うんうん。良いことだと思うよ? でも、一番の友だちである私も忘れないでね!』

「おう。もちろんサトと鹿波ちゃんも含めて忘れないよ」

『……そこは『君のことも忘れないよ』ってキザに言うところじゃないかな! そこで他の友達の名前も出しちゃうとこがモテない原因だと思うよ?』

「うっせ」


 そう言って、佐奈はまた楽しそうに笑う。なんとなく心が落ち着いてくる笑い声。


『まあさ、せっかくずっと会いたかった親友と再会できたんでしょ? なら、それまでできなかったことも一緒にできるってことじゃん。あれこれ考えず楽しも!』


 「あ、そろそろ時間だから切るね!」そう言って通話が切られた音がする。

 あれこれ考えず楽しむ、か。確かに、今はなんか余計なこともいろいろ考えてしまっている感じがする。いったんこれは置いておいて、一度しかない高校生を精一杯楽しんでみるのも良いかも、と思えてきた。

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