また来られるんだ

 終業のチャイムが鳴る。サトは鹿波ちゃんのお見舞いに、ということで我先に急いで教室を出ていった。授業の合間の休み時間に、


「俺が真っ先に帰ったら、鹿波に何か買ってこいとねだられたと思ってくれ」


 って言ったし、つまりそうなのだろう。困った顔をしながらも別に嫌そうな顔はしてなかったし、今から兄として妹のわがままを叶えてやるために急いで出ていったというわけだ。


 さて、サトも帰ってしまったわけだし、俺が一緒に登下校するのはあと佐奈くらいだ。だが、佐奈は今日委員会で遅くなると言っていた。つまり、とっとと帰ってしまっていい日ということになる。

 早速俺がカバンを肩にかけ、教室から出ようとすると、後ろからカバンを引っ張られた。


「うおっとと……響花、どうかしたか?」


 カバンを引いてきたのは、少しだけ頬を膨らませてすねたような表情を浮かべた響花だった。


「……昨日は一緒に帰ったよね?」

「ああ。久しぶりに話せて楽しかったな」

「……私達、家もすぐ近くだよね?」

「隣だな」

「……じゃあさ、なんで一緒に帰ろうとしてくれないの!?」


 わーん! と不満を爆発させるように言った響花は相当不機嫌そうだ。そう、この顔は――小学生の時、男女の中がなんとなくギクシャクするあの時期に、なんとなく女子と帰るのに忌避感を覚えて、勝手に一人で帰ってしまったときの顔!

 だから、この響花に言うべきは……


「……すまなかった。そういえば、『絶対一緒に帰ろう』って、約束したもんな」

「……そうだよ。てっきり忘れちゃったのかと思った」


 そうだ。あのとき、今回みたいに不機嫌になった響花に許してもらうとき、「今度からは絶対に一緒に帰ること!」という約束をしたんだ。

 てっきりもうそれは自然消滅しているものと思ったけど、存外響花は大切にしてくれていたみたいだ。


「じゃ、一緒に帰るか」

「うん。じゃあ……はいっ!」


 響花は、手を差し出してきた。……これは、まさか。顔を伺ってみるが、ニコニコとした顔のまま、手を差し出すばかり。


「……なあ、響花。そんなことしてたら、勘違いされるって昨日も言っただろ? 確かに昨日は再開の日だったけど、流石に今日もとなると……」

「なに? 勘違いどうこうとか言うやつ? つまんなさ過ぎて、なんて言ってたかも忘れちゃった。とにかく、一緒に帰るの!」


 響花は、もう片方の手で無理やり俺の手を取ると、差し出していた方の手で握った。


 ――きゃーっ!


 ……女子の黄色い声が聞こえる……これは明日から噂されるルートか?


 ちらりと響花の顔を見る。嬉しそうな笑顔、楽しそうに緩んだ口元。……俺が噂される分には良いんだけどなあ。何なら嬉しいくらいだ。でも、それじゃあ響花にはよくないだろう。でも、響花は良いって言ってるんだから、今はこれを楽しもうか。


 そのまま手を繋いで校門を出る。うちの学校は比較的小道にあるので、学校の前は混みやすい。実際、昨日はそうだったので、そのまま学校から家に直帰するルートをとったが、今日は少し遅れて外に出たこともあって、混雑は過ぎているようで、寄り道する余裕もありそうだ。


「あれ? そっち家じゃないよ?」

「響花を連れていきたいところがあってな」

「連れていきたいところ……?」


 響花は不思議そうな顔をしながら、俺が導くままに着いてきてくれる。

 少し大きな道に出て、しばらく家とは違う向きに歩いていくと、俺たちが小学生の時に通っていた通学路になってくる。


「あれ、これって……」

「通学路だな。響花とまた手を繋いで同じようにここを歩けるとは思ってなかったけど」


 そこからは、家に向かっての道のりを辿っていく。……が、またまた途中からほんの少し違う方に向かう。


「あ、こっちって……」

「流石に気づいた?」

「うん。公園、だよね?」


 そろそろ……あ、見えた。

 そこには公園があった。木で囲まれ、囲いの中はブランコや滑り台、鉄棒にシーソー、ジャングルジムなど、子供に大人気な遊具が配置されている。


「懐かしいね」

「……そうだな」


 実のところ、これは俺の夢だった。響花が引っ越していってから、一緒にここで遊んでいた記憶が随分好きになって、できればもう一回ここに二人で来たかったんだ。


「……本当に懐かしいね。私さ、この場所が忘れられなかったんだ。向こうに行っても、似たような公園はあるんだけど、そこには、蒼真がいなくて……それで悲しくて。だから、もう一回来たいなって思ってたんだ」


 懐かしむように言った響花は、ゆっくりブランコに座った。


 ……そうか。ここにまた来たいと思ってたのは、俺だけじゃなかったんだ。


 ゆっくり俺も隣のブランコに座る。ゆっくり前後に揺らすと、ぎいぎいと言う音とともに、独特の感覚が体を襲ってきた。


「ねえ」

「ん?」


 響花は、こちらをじっと見た。


「また、二人でここに来れるんだよね?」


 真面目な顔をして、少し心配そうに。


「ああ、もちろん」


 言い切ると、響花はここに来て初めて弾けるような笑顔を見せた。

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