第18話 悪の組織おじさんと四天王

 「はぁ?! おま、負けたの?!」


 『ちょ、声デカいって。そっち職場でしょ』


 「いや、今は店で昼飯食ってる」


 平日のお昼時。


 全身タイツ野郎は某牛丼チェーン店で昼食を取っていた。タイツ野郎は先日から、ここ兵庫県に出張していたのである。


 今は職場の近くにある飲食店におり、チェーン店ならではの賑やかさと客足の回転の早さの中、食事をしながら通話していた。


 通話相手はスザクファイヤー。


 悪の組織<ジョーカーズ>に所属し、四天王の座に着く者である。また有能職員には異名が与えられ、スザクファイヤーには<獄炎>の異名があった。


 「じゃあ今は家で安静にしているの?」


 『おう。自己治癒能力が自慢だからな』


 「ったく。負けといて何を偉そうに......」


 『う、うるさい。奴ら、二対一で襲ってきて卑怯だったんだ』


 「お、お前も悪の組織の戦闘員だろ。なに卑怯とか言ってんだ」

 

 ちなみにお察しの通り、二人はプライベートだと砕けた口調で会話をしている。


 仕事のときは全身タイツ野郎の方が立場は下なので、かろうじて“です・ます”口調で話しているが、今は気遣う必要も無かった。


 というのも、それは二人が旧知の仲だからである。年齢もさして変わらない。


 もし仮に怪人カマキリ女帝が休日、スザクファイヤーと町でばったりエンカウントしたら、敬語で接せられることだろう。


 「そろそろ動き出す頃合いだとは思ってたが、まさか今か......」


 『不意を突かれたかたちだったけど、中々強かったぜ?』


 「マジ? ウチのでいうと?」


 “怪位”とは悪の組織<ジョーカーズ>が定めた、各職員を対象にしたランキング制度のようなものである。


 その順位付けは、単純な戦闘能力であったり、個人実績で決まったりとあらゆる面で総合評価されるのだ。


 この怪位の数が小さくなればなるほど、優良社員として見られ、組織からより優遇される。



 例として収入面。この怪位が一つ小さくなれば、それだけで給料は上乗せされる。


 無論、ランキング制度というからには、怪位が上がる者も居れば下がる者も居る。


 例えば、第十九怪位に座する怪人ブタ公爵は、怒涛の勢いで怪位を上げている怪人カマキリ女帝に追い越される心配をしていた。


 女帝の怪位は第二十八怪位。つい先日、同職場内の怪人ゴリラ男を追い越したばかりだ。


 ちなみにカマキリ女帝の追い上げの秘密には“独身”の二文字がある。


 人間、“独身”のまま年齢を重ねると、異様なパワーアップを得るから、不思議なことこの上ない。


 あまり女帝の身の上話には触れないでおこう。



 『二人がかりだったから正確にはわからないけど......おそらく一桁かな』


 「ふぁ?!」


 スザクファイヤーの言葉に、素っ頓狂な声を漏らす全身タイツ野郎。


 『いやだって、第七怪位の俺を倒したしさ』


 「いやいや。お前は町中じゃ全力出せないのは知ってるけどよ、流石に一桁は無いだろ」


 『......どうだろ』


 「え、ええー」


 我が社誇る四天王から発せられた弱々しい言葉に、全身タイツ野郎は戸惑いを覚える。


 もしや事は予想よりも重大なのでは?と不安が胸中に募っていた。


 「参ったな。早めにそっちに帰れるか、相談してみるよ」


 『頼んだ』


 「ちなみに上には報告した?」


 『......してない』


 「なんで?!」


 全身タイツ野郎、目の前に置かれている牛丼そっちのけで声を荒らげる。


 『い、いや、だって四天王である俺が他所の怪人に負けたって......報告できないよ』


 「ちょ、おま、責任ある立場なんだから、ちゃんとやれよ......」


 『うっ。絶対、他の四天王が陰で「クックックッ。スザクを倒したか。しかし奴は四天王の中で最弱。我々を甘く見るなよ」とか言いそうじゃん』


 「そりゃあ言うよ。それ言うために四天王やってると言っても過言じゃないメンツなんだから」


 『そ、それはさすがに言い過ぎでしょ』


 「え、じゃあなに、今日はなんつう理由で休んだの?」


 『風邪ひいたって理由で休んだ。明日には完治しているし』


 「おい」


 全身タイツ野郎は呆れ混じりの溜息を吐き捨てる。後で本部にチクっとくかと思った次第だ。


 全身タイツ野郎は牛丼の端にある紅生姜をつまみながら会話を続ける。


 「で? 対応できそうな他の四天王って近くに居るの?」


 『いや、一番近くて東京支部のブルードラゴンだと思う』


 怪人ブルードラゴン。スザクファイヤーと同じく四天王に座するが、第四怪位のため立場的にはややスザクが下だ。


 「あいつかぁ。第四怪位のあいつなら申し分ないだろうけど、絶対こっちに来てくれないよね」


 『だろうなぁ。ここ、あの女が嫌いな田舎だし』


 「おいおい。田舎じゃないぞ、そこ。最近、その近くにイノンができたんだから」


 『ショッピングセンターでしょ。モールじゃなくて』


 「......モールじゃないとブルードラゴンは来ないか」


 『モールかどうかじゃなくても来ないと思うぞ。なんせ生まれも育ちも都会だから、あの女』


 「だよなぁ」


 『あ、でも、お前が頼めば来るんじゃね?』


 「え、俺?」


 『うん。めっちゃ慕われたじゃん』


 「はぁ? どこがだよ、会う度に嫌そうな顔されてんじゃん、あいつに」


 『いやいや。それはツンデレって奴だよ』


 「無いね。昔、差し入れで弁当渡されたけど、俺が大嫌いなおかずばっかだったもん」


 『た、たまたまでしょ。それにブルードラゴンが差し入れするとか、普通あり得ないから』


 「え、そう? 以前、一緒に仕事してたときはしょっちゅうだったよ」


 『めっちゃ好かれてんじゃん』


 「いーや、違うね。毎回差し入れくれる時、『別にあなたの為に買ってきたわけじゃないから』って言うし」


 『それ完全にツンデレ』


 などと、二人は無駄話を挟むものだから、本題を忘れて通話を終えてしまう始末であった。


 これは悪の組織の戦闘員が他県へ出張することを記す物語でもあった。


 続く。

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