第16話 魔法少女と倫理観
「ふぉーふぉッふぉッふぉッふぉー! このワシがこの町を恐怖のどん底に落としてやろう!」
「「イッー!」」
平日の昼過ぎ。
本日も長閑な町にある公園にて、善と悪の戦いが繰り広げられようとしていた。
公園の広間に現れたのは、怪人フクロウジジイ。今までの怪人同様、その体躯は成人男性を優に越えるほど大きい。また見た目はフクロウをそのまま大きくした感じだが、注目してほしいのは嘴―――の中。
なんとフクロウジジイの嘴の中には人間のような歯二十数本ある。
口の中だけに限って言えば人間のそれだ。
ちなみに人間の歯は大体二十八本くらいある。悲しいことに、御年七十歳を迎えるフクロウジジイは、加齢に連れて歯をいくつか失ってしまった。
故に自前の歯は二十数本。残りは入れ歯という、なんとも人間味溢れた口内の持ち主だ。
また正確な歯の本数を言えないのは、彼の威信に関わるので控えたい。
「出たわね! 怪人フクロウジジイ! この町の平和は私たちが守る!」
「必ず正義が勝つんだから!」
「もう前回のように負けたりしないよ!」
そんな怪人に対するは、魔法少女<マジカラーズ>の面々。
怪人フクロウジジイという目立つ敵が居るのに、少女たちの視線はフクロウジジイの脇に居る下っ端戦闘員たちに向けられている。
警戒しているのだ。「イッーイッー」言ってる喧しい全身タイツ野郎どもを。
本日もお説教が来るのではないかと、魔法少女らしからぬ怯えを胸の内に秘めていた。
が、
「え、居ない?!」
「「「「「っ?!」」」」」
突然、マジカルピンクが素っ頓狂な声を上げたことで、場の雰囲気が乱れ始める。
マジカルイエローが急になんだとマジカルピンクを問い質す。
「い、居ない? なんのこと?」
「あのお説教タイツおじさんだよ! 今日、あのおじさんが居ない!」
「えぇ?!」
マジカルイエロー、マジカルブルーが驚きの声を上げる。
青色と黄色の魔法少女は、全身タイツ野郎の二人を見つめた。
「い、居ないの? 本当に?」
「ま、毎度のことながら、全く見分けがつかないんだけど......」
それもそのはず、見分けがついたら下っ端戦闘員としてやってけない。
マジカルピンクがなぜ全身タイツ野郎の判別がつくのか、未だに理解できない青と黄色の魔法少女であった。
少女二人は、マジカルピンクほど心が汚れていないと言える。
が、そんなマジカルピンクの声に応じたのは、なんと敵であるフクロウジジイだ。
加齢と共に歯が欠けていっても、優しさは欠かさないよう器の大きさを見せる年寄である。
「よぉわかったな。そうじゃ。今日はタイツの小僧はおらん」
“タイツの小僧”とは言うまでもなく、説教タイツのことを指す。もはや呼ばれ方は人によって様々だ。
“タイツ”という要素を含んでいれば、割と通じちゃうのが居た堪れないところ。
怪人フクロウジジイの言葉を聞いて、魔法少女たちは歓喜の声を上げた。
「やったわ! 今日は気楽に戦える日じゃない!」
「ね! いやぁ、最近、朝起きたら『今日もまた説教されるのかな』って、身構えちゃってさ」
「そ・れ! わかる~。あのタイツのせいで胃痛持ちになったもん」
「「「......。」」」
魔法少女の物言いとしてアウトではないのか、問い質したくなってしまう。
これにはさすがの闇組織サイドも笑えない。思わず黙り込んでしまう始末である。
きっと例の説教タイツ野郎が少女たちの話を聞いたら説教タイムに入るだろうが、当の本人は本日不在。
おかげで魔法少女たちは過去一の笑みを浮かべてしまう。
説教タイツ、思わぬところで魔法少女たちの胃痛の原因となっていたが、もはや致し方ない。
「な、なに。お主たち、タイツの小僧が苦手なのか?」
「苦手も何も、いっつも怒ってくるのよ!」
「魔法少女がいきなり必殺技を使うな、とか。もうパワハラだよね!」
「でも一理あるから強く言えないんだよね......」
などと、本人が居ないことを良いことに、魔法少女たちは日頃の鬱憤を次々に吐露していった。
するとマジカルブルーが気になったことをフクロウジジイに聞く。
もはや戦闘などそっち退けだ。
「それで? なんであの説教タイツは居ないのかしら?」
その問いに答えたのは同じくタイツ姿の下っ端戦闘員である。
「ああ、先輩は今、出張で兵庫に居るんですよ」
「ひょ、兵庫?」
「はい」
まさか悪の組織から出張なんてワードを聞かされるとは思っていなかったのか、魔法少女たちは理解に苦しむ表情を浮かべた。、
というか、下っ端戦闘員のくせに出張とか。そんな不可解な気持ちが少女たちの胸中に生まれた。
しかしそこでマジカルピンクは思い出す。
「あ、そう言えば、おじさんのSNSのアカウントのアイコン、生しらす丼に変わってたっけ」
「なんでそんなこと知って――って、そう言えば、ピンクはあの説教タイツの連絡先を持ってたんだっけ......」
「生しらす丼って......江の島でも食べられるじゃない」
などと、一人ズレたことを言うマジカルブルーであった。
ということで、本日の戦いはやっと始まった。
戦いの最中、マジカルイエローが日頃、全身タイツに叩き込まれている“段取り”というルールを遵守し、開戦から十数分で巨大なハンマーを召喚して、フクロウジジイに襲いかかった。
「マジカルハンマー! 食らえぇ!」
絵面的にはヒーローと怪人のちゃんとした戦いだが、その実態は齢十数年生きた少女と歯が欠けるほど年取った爺の交戦である。
もはやある種のおやじ狩りかもしれない。
「ふぉーふぉッふぉッ! そんな大振りな攻撃、ワシには当たら――」
そう言いながら優雅に躱そうとするフクロウジジイだったが、
「ぬお」
何も無い所でこけてしまう。
人間、年を取るに連れて、思わぬ所で躓いてしまうものだ。......フクロウだが。
「へぶしゃッ?!」
「あ」
そしてフクロウジジイが倒れ行く先に、マジカルイエローがフルスイングしたハンマーがあった。
顔面に直撃。マジカルイエローも当てる気なんて無かったと言えば嘘になるが、年寄相手に顔面バッティングを決め込むとは思ってもいなかった。
華麗に放物線を描いてノックバックする怪人。その放物線を描く途中で、小石のような白い塊が数個、血しぶきと共に宙を舞った。
怪人フクロウジジイの数少ない歯である。それも自前の。
この場に居る全員がその惨劇を目の当たりにして膠着してしまった。しかしそれも束の間。下っ端戦闘員二人が駆けつける。
「「フクロウジジイさんんんんん!!!」」
「やべ」
「ちょ、マジカルイエロー?! なにやってるの?!」
「あ、あれはさすがにアウトよ......。いくら相手が敵とは言え、魔法少女がお年寄りに顔面バッティング決めるなんて......」
「い、いや、だって私がハンマー振った先に倒れてくるんだもん」
「と、とにかく謝ろう? 私も一緒に頭を下げるから」
「う、うん。あー、あの説教タイツ居なくて助かった。絶対怒られてたよ」
「そ、そうかもしれないけど、今それを言うのはやめた方がいいわ」
斯くして、本日も善と悪の熱い戦いが繰り広げられるのであった。
この物語は、魔法少女と悪の組織による倫理観を気にしなければならない戦いを描いた物語である。
続く。
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