2章 

 巨漢たちに華奢な俺の体は蹂躙されつくされ、俺の人生は一度終わった。

 目が覚めると、小さな小屋に俺は寝かされており、中央壁際には暖炉があり薪をくべているアズサが眠そうにしているのが見えた。その真向かいにはあの綺麗な金髪美少女が足を汲んで木椅子に座っていた。


 そこから俺たちはその美少女に色々話を聞くことができた。そして俺は驚愕の真実を知ることとなる。


 この世界は、俺の思っていた通り日本ではないらしい、というかそもそも地球かどうかも怪しい。さっきの化け物もそうだが、彼女の身なりと巨漢たちの姿を見るにどうも俺が知っている地球上のどの文化圏とも整合性が取れないのだ。ちなみにさっきの巨漢たちはこの集落の人間たちみたいで、アズサが助けを呼ぶと颯爽と駆けつけてくれたらしい。


 イレヴンガンドというこの世界は霊王によって統治されているらしく、1000年近くにわたって三種族と霊王によって争いが続いているようだ。彼女は人間族として戦争にも参加していたりしなかったりするらしい。


「ん?」


 そしてこの世界には、魔法と呼ばれるものが存在する。対する対抗手段は剣による物理攻撃。魔法は霊王が存在することによって扱えるもので、霊王が発する霊気が大気中にあるマナと結合して、生物が魔法を扱える要因になっているみたいだ。


「なんか・・・」


 そして、この世界の本質的な問題は、霊王による世界統治ということではなく、三種族の間で勃発している民族間の紛争―。


「どっかで聞いたことあるんだけど!!!!」

「ちょ…! いきなり大きな声出さないでよ! びっくりするじゃない」

「わ、悪い。つい・・・」


 俺は金髪美少女が語る歴史について聞き入っていたが、5分経った時点で明らかに聞き覚えがある内容にいてもたってもいられなくなってしまった。

 待て待て、イレヴンガンドとか三種族の民族紛争とか、まるで姫川の書いたルールブックの設定じゃないか。


 俺は一度冷静さを取り戻して頭を冷やすためにこめかみに手をやって眉間にしわを寄せる。一旦冷静に考えてみろ。ルールブックの世界に似てるからって、まさか本当にその世界に入り込んだなんてことあるわけがない。漫画じゃないんだから・・・。1つある可能性としては、どこかの世界の物語を姫川が真似て脚本に書き起こした可能性だ。完全にパクリ疑惑が浮上するが、その線が一番考えられるだろう。


「ちなみに、三種族の名前は、アークス、エルフ、ガルドの3つか」

「ええそうです。この辺りは幼いころから学ぶ項目なので、わかりますよね」


 そう笑顔で語る美少女だったが、俺は知っていて当然なので複雑な気分に陥ってしまう。

 対するアズサに関しては何が何だかわかっていない様子だ。


「ねぇねぇ翔太、さっきから何の話をしてるの? 戦争って何? ここ日本じゃないの・・・?」


 そう、一番の問題はこれだ。ここがどこであれ、どうやって日本に帰ればいいのか。ルールブックの中ということは考えにくいが、可能性としては捨てきれない。そういえば俺たちがここに来る前、あの本に触れていた。あれが原因だと考えると、やっぱりこの世界は・・・。


「あーくってなに? れーおーって。何のこと言ってるの?」

「貴方のお友達は、かなり、その・・・。あ、教養が備わっていないのですかね・・・?」


 見事なアホっぷりを繰り出す馬鹿会長に美少女は苦笑を隠し切れずにそういう。さっき彼女が言っていたことはすべてこの世界においては常識で、当たり前にある事実なのだろう。


「そういえば自己紹介がまだでしたね、俺は翔太っていいます。こいつはアズサ。俺たちは日本ってところからやってきたんですけど。そこではこの世界の知識をあんまり教えてくれる文化がなくてですね・・・。色々教えてもらえると助かります」


 できるだけ当たり障りのないようにニコやかに回答する。彼女の礼儀に習ってなのか、立ち上がって頭を下げて一礼すると名乗る。


「私はリーレルと言います。グランという街の2級義勇兵です。ここへはクエストがあってたまたま通りかかりました。ニホンという、国名? ですかね。初めて聞きましたが、アークスのどこかの集落でしょうか」

「ま、まぁそんなところです・・・」


 色々単語が出てきたが、確かにそんな感じだったなと俺は心の内に感じる。これ以上ボロを出さないためにもある程度話を合わせないといけないわけだが・・・。


「ちょ、ちょっとアズサさん。しゅうごう・・・」


 俺は軽く手招きをして小屋の外に誘導させる。リーレルさんには悪いがこいつと色々口裏を合わせておかないと後々面倒なことになる予感がしたからだ。


「何よ、せっかくあったまってきてたのに。わざわざ寒い外に出させるなんて」

「悪かったって。大事な話があるんだ」

「なに、もしかして告白? 悪いけど翔太には1ミリたりともあたしの心に付け入る隙間を与えるつもりはないから」

「いや俺だってお前なんかに心ときめく隙間なんてありませんから・・・! それよりもだ。この世界についての話なんだが・・・」


 アズサに言伝している内に俺の脳内でもそんなことあるわけないだろという感情しか浮かばなかった。まともな人間にこんなこと話したとしても頭がおかしくなったとしか思われない。のだが、、


「なにそれ凄いじゃない! ここはじゃあゲームの中の世界ってことなのね?!」


 この時だけはこいつが馬鹿なことが唯一の救いだった。そんな思いを抱いてしまう俺は、こいつになんて謝罪をすればいいのだろう。


「翔太ってばなんで泣いてるの? お腹痛いの?」

「いや、すまん。ちょっと余りにも不憫でな・・・」

「?」


 首を傾げるアズサに俺は涙を拭う。アホなりにこの状況を飲み込んでくれているのなら話は早い。


「それよか、俺たちがよその世界から来たってことは公にするべきじゃないと思うんだ。姫川がどんな世界観で仕上げたのかわからない以上、異世界人は異端者みたいな展開になると困るからな」

「はあ・・・。よくわからないけど、ここって日本じゃないの?」

「わからないけど多分。ただあまりにも姫川の作ったTRPGのルールブックの世界に酷似しているんだよ。姫川に直接聞いてみないことにはわからないけどな」

「肝心の姫川さんはどこなの? この世界にいるの?」

「・・・そこなんだよなぁ」


 姫川が行方不明になった理由が、この世界に閉じ込められたからだとしたら、この世界のどこかには彼女は存在するはずだ。きっと元の世界では俺とアズサが消えたことでさらに騒ぎになっている違いない。竜峰たちがいてくれたおかげで俺たちがいなくなったことは学校や家族にも伝わっているはずだから、ここでどうにかなるのを待つしかないのだが。


 俺は眉間にしわを寄せる。あまりにも情報が足りない。まずは姫川を捜索することを最優先にするべきだろう。だがこの世界で生きていくためには金も必要だ。それに寝る場所と職にもつかないと。あのルールブック通りの世界なら、俺が覚えている知識も少しは役に立つかもしれない。それが不幸中の幸いというべきか。


「とりあえずお前はリーレルさんの前では黙ってろ。下手に変なこと言われたらフォローに困るからな」

「すごく失礼な物言いに感じるんですけど。まぁ、わかったわ。翔太の言うとおりにする」


 お、珍しく聞き分けがいいな。この1日怖い目に遭ったのがよほど効いたのか? 

 そう思いながらも、俺はアズサの言うことを信頼してリーレルの元に戻った。


 まずは安定的な生活を確保する必要がある。金の稼ぎ方とこの世界での生きるすべを身につけなければ、姫川を探す前に共倒れだ。それも含めて、この世界のキーパーソンであるリーレルという兵士に聞く必要がある。


 だけど、リーレル。どっかで見た名前なんだよな。ルールブックの中で出てきた記憶はあるのだが・・・。いやな予感が沸々と湧くのを感じながらも俺はそれに蓋を閉じた。
















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