1章 Ⅵ
そして場面は戻る。アズサが眠りについてから数時間、俺たちは自分たちの騒ぎ立てた喧騒によって化け物に見つかり、昼間と同様に死を賭けた鬼ごっこを再開させた。足を痺れさせていた馬鹿は放っておいて逃げてもよかったが、こいつが運んできた木の実のおかげで今動けていることも事実だったので、その温情にかまけてこいつをおんぶしながら走りまくった。
洞窟を抜けると、森の終わりが見え、川の下流が見えた。そしてその先には小さな集落と思しきものが見え、俺の心は何かに掬われたように軽やかになる。だが後ろを振り向くと現在進行中で死が迫ってきているのだから全然死ねる状況なのは変わらない。
「重い重い! もうお前走れるだろ! 1回下ろすからな!」
「ダメダメ! 逆に翔太が足持ってたせいで感覚無くなってるから! 今下ろされたら確実に死にますから!」
「自業自得だろうが! 変な体制でぐーすか寝やがってぇ! すぐに逃げられるようにしてなかった自分のだらしなさを呪うんだな!」
「寝ていいっていったのは翔太さんじゃない! お願いだからおいてかないで! ちょ、足を持つ手が緩くなってるんだけど!? もう少し頑張って!」
こいつはほんと! 他人事だと思って、去年より絶対太ってやがる! 帰ったらまっさきに体重計に乗っけて罵倒してやるからな・・・!
ただそんな情熱もここで死んでしまったらおじゃんだ。どうにかあの集落にまでたどり着いて助けが呼べれば・・・! ただ、ここがほんとうに日本じゃないとすれば果たして言葉は通じるのか? そもそも味方なのかどうかも怪しい。世界中には他者とのコミュニケーションを拒絶する民族もいるらしいし、下手したら後ろの化け物連中もろとも殺される可能性だってあるわけだ。
まぁ最悪この背負っている奴を囮にして逃げればいいわけだが、それは最期の切り札に取っておくとしよう。
「なんでこっち見たの翔太さん・・・。そんな何かを決断したみたいな表情浮かべるのやめてよ!」
「そんな表情浮かべてないし決断もしてない! いいか? 目の前に集落があるのが見えるか? 俺が囮になってこいつらを足止めするから、その隙にお前は助けを呼んできてくれ!」
「そんな無茶よ! ただでさえあたしをおんぶして疲れてるのに囮なんて、体力が持つはずがないわ。それに言葉が通じるかもわからないし、あたし言っとくけど英語できないから!」
「そんな私馬鹿です宣言今されても困る! 言語が通じないならジェスチャーでもなんでもあるだろ?! それか何か? お前が囮役してくれるのか?!」
「いえ、結構です」
「は?」
「結構です」
満面の笑みで抜かしやがってぇこいつ。後でほっぺた引っぱたいてやるからな・・・!
生きてれば、だけど・・・!!
作戦通り、目の前の川の向かい奥に集落があり、そこに向かう途中で橋がある。
一気に全速力で駆け抜けて化け物連中と距離を開けてアズサを下ろす。橋は運よく紐で吊るされている簡単な形式のものだったので、ほどけるとあっけなく陥没した。
バッタ連中はそれにうろたえて立ち止まる。これで諦めてくれればいいがそうもいかない。
1匹は無理やりに川を渡ろうとしてくるので、俺は木の枝を折って二つにする。盾にできるものがあればよかったがそれもない。双剣のようにしていなしていくしかない。
合計3匹。1匹は諦めたのか森奥に逃げ帰り、もう2匹は無理やり川を渡ってくる。
「こいつら、絶対地球外生命体だよな・・・。本当にどこに来ちまったんだよ俺たちは・・・!」
1匹目がこちらに襲い掛かる。鋭い口は本当にバッタの構造を模しているようだが、その規模は俺が知っているそれとは違う。俺の口の2倍はあるでかさと牙でこちらを噛まんとするが、俺はそれを華麗に躱して回避行動を取る。
その攻撃は俺の後ろにあった木を真っ二つにして倒木する。俺の何倍もある巨木なのに、一瞬でなぎ倒してしまった。
「冗談きつすぎるだろ・・・!」
噛まれて少し痛い程度ならあえて受けて攻撃する、肉を切らせて骨を断つ戦法があったがそれをした暁には俺は無事死亡らしい。
異世界に転生して勇者するとか色々アニメあったりしたけど、こんなのと闘わなくちゃいけないなら俺は一生農民でいたい・・・!
「まだかアズサ様ぁぁああ!! は、はやく! 死んじゃうよ! 幼馴染が死んじゃうよ!」
2匹目の攻撃が俺の頭上を霞めた。すかさず1匹目が口で攻撃をかまし、それが際限なく繰り返される。こいつらには知能があるのか、確実に連携を取っている。こんな無茶苦茶な威力の攻撃をして、さらには知能もあるとなると、いよいよ詰みかもしれない。
ああ、しょうもない人生だったな。母さん、父さんごめんな。俺、ここで死ぬみたいだ。親孝行の1つもできずに悪かったよ。立派な大人になって、いろんなことしたかったな。女の子ともまだ付き合ったこと、ないのに・・・!
バッタの羽を使った攻撃が俺に襲い掛かろうとしていた。死ぬ間際はこんなにもスローな世界に見えるのかと俺は絶句したが、それよりもだ。
「・・・っはっ」
目の前が死ぬときに真っ暗になるということがあるらしい。
走馬灯が駆け巡って、いざ死ぬときは痛いとも苦しいとも感じないらしい。
俺は今、走馬灯として生徒会の事や親の事が脳裏に浮かんでいたが、そんなものがすべて消し飛ぶような光景が広がっていた。
目の前で女の子が舞っている。見たことないような軽い甲冑に、短めなスカート。そこから伸びる綺麗な足、見え隠れする、パンツ―。
「ああぁ、これが、俺の走馬灯・・・なのか!?」
「伏せてください!」
刹那、俺の頭上からすさまじい轟音が鳴り響いた。伏せろという声は目の前の少女からのものだったが、彼女が命令する前に俺はすでに伏せていた。理由は明白だ、見るためだ。何をって・・・、言わせんなって。
女騎士のような人物は、片手直剣を手にどんどんバッタを薙ぎ払っていった。意外にも真っ赤な血を垂れ流すバッタを容赦なく切り刻んでいく彼女は、いわば侍。血しぶきすらも華麗に躱していく彼女に俺はくぎ付けになっていた。
「大丈夫ですか? お怪我はありませんか」
「・・・え。あ、ありがとうございます」
「どこか痛みますか?」
「え? 痛みは、ないですけど胸が痛いですかね」
「本当ですか・・・?! もしかして毒の霧を吸いましたか? この近くには泉もありませんし・・・。どうしてよいものか」
「あ、胸の痛みっていうは物理的なものではなくてですね。こう、思春期特有の痛みと言いますか、高校生ながらのものといいますか」
何を言っているのかまったくわからないといった表情で彼女はこちらの様子を伺っていた。
金髪の青色の瞳、髪は肩上までで程よく長い。長いまつげに超絶似合っている中世風な服装。だが色合いは現代の制服を彷彿とさせる。なんだこの生き物は。
「見ない服装ですが、どこからいらっしゃったんですか・・・? ガルド族では、ないですよね?」
「何をおっしゃってるのかはよくわかりませんが、私は一ノ瀬 翔太と申します、独身です。市橋高校で生徒会役員をやっております、独身です。この度は助けていただき誠にありがとうございます独身です」
「怪我がないのであればよかったです。この辺りは魔物も多く徘徊しているので気を付けてくださいね」
ああかわいいなぁ・・・。日本人離れした顔つきではあるけど、こういう子が幼馴染だったら人生バラ色だったんだろうなぁ。うちの幼馴染ときたら空気も読めない問題ごとばかり持ってきやがる大馬鹿会長だぞ? もうあいつのことは忘れてこの子と一緒に付いていこうかな。
ていうかさっきこの子なんて言ったんだ? 俺のことを。ガルド族? なんか聞いたことあるような気がするが。
「ちょっとぉ翔太ー? 生きてる? 死んでる? 死んでたら声上げて頂戴ー」
言った傍からきたよ疫病神が。この子とおしゃべりしてんだから割って入ってくんなよ・・・!
この際だ、もうあいつにとことん文句言ってやるわ!
「お姉さんちょっと待っててくださいね・・・! すぐに戻ってきますから。 おいこらクソビッチが! さっきはよくも俺を荷物運びにしてくれやがったな! あまつさえ人を奴隷のようにこき使いやがって! 一発殴らせろ!」
森の木々をかき分けてたどり着いた先、集落から漏れ出る明かりが目に入り、その光景にはアズサももちろんいた。
だが、その周りには見たこともないような屈強なマッチョ軍団がおり、あり得ないほどの傷が顔中に入った強面集団は、調子に乗った俺の顔をギロっと睨み返してくる。
「ひえっ・・・!」
俺は情けなくもそんな声を出してしまった。
「嬢ちゃん、こいつが言ってた化け物かい? 人間族に近い見た目だが確かにおかしな服装だな。おし野郎ども!! 今日の晩飯が来たぞ! 仕事だ仕事ぉ!」
「え? あ違います翔太はあたしの幼馴染で一緒にいる友達で、あ! 翔太さん! あ、そんなあられもない姿で・・・! あ、ああぁあ」
「アズサ様! 助けて! 俺が悪かったから! いつでも囮役引き受けますからこの男の人達を説得してっ・・・!」
「おらぁ! 観念して服脱げやゴラァ!!」
「ああぁっ・・・♡」
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