1章 Ⅴ

 サバイバルの基本はまず水と寝床を確保することが先決だ。水がないと人間は3日程度しか生きられないし、どんな危険生物が潜んでいるかわからない環境であれば寝る場所すらも限られる。滞在する環境の温度によっては体温を下げないためにも色々な工夫が必要なわけだ。


 俺とアズサは最優先目標として安全地帯を探すことにした。

 だってここは恐らく未知の世界、サバイバルなんて生易しい言葉では表現できないほどの極限サバイバルを俺たちは堪能していた。


「おいクソビッチ! お前はなんでそう問題ごとを持ってきやがるんだ!!」

「しょうがないじゃない! 水が必要だって言ってたのは翔太のほうじゃない!」

「そうは言ったがわざわざ蜂の巣をつつくような真似する必要はねぇだろうが!? 実際蜂の巣みたいな形だし、つか早く捨ててこい!」


 このアホ生徒会長は俺が水場を探す必要性を話すや否や、どこからかいかにも危なそうな蜂の巣みたいな形をした物体を持ってきた。水色のような色の球形の物体からは何か液体が漏れ出ており、それはまさしく蜂蜜のようだ。しかし、アズサの後ろから4足歩行のバッタのような形をした化け物が追ってきていることを俺は目撃して、こいつがやばいことをしているのだと本能的に察したのだ。


「大体なんだよあいつ! バッタみたいな形してるのに走り方は犬みたいだ! 本当にここはどこなんだよ!」


 そいつから必死に逃げ回る俺たちはどこか隠れ蓑にできないかを探すが、辺りは森だけしかなく隠れられそうな場所は見当たらない。


「翔太翔太! これ結構おいしいわよ! なんか葡萄みたいな味はするけどどこか柑橘類の匂いがするわ。今までに味わったことのない味よ」

「キュウイイイ!! キュイ! ギュウウッル!!」


 アズサが手荷物球体をほじくり返して中にある液体を頬張っていた。

 案の定、バッタのようなものはそんな訳の分からない奇声を上げつつ俺たちに殺意を向けていた。


「お前食ったのか?! この状況でそれ食ったのか?!」

「ええ、だって喉乾いてたし美味しそうだったから」

「後ろの化け物前にしてよく食えたなお前! これ以上ないくらいの煽りかましてんじゃねぇよ!」


 その間も奇声を上げるバッタ類は、2匹に増えていた。今の声は仲間を呼ぶサインだったのかもしれない。


「とにかく全速力で走れ! あとさっさとその持っている何かは捨てろ!」

「でもでもこれきっと新種の何かよ?! 持って帰ってきたらノーベル賞か何かを貰えるんじゃないの?」

「その前に死んじまうわ! 意地でも置いてくつもりがないらなお前ひとりで逃げたらどうだ! 俺を巻き込むんじゃねぇ!!」






 この世界はきっと狂っている・・・。

 俺たちはその後死に物狂いで走り回った。いつまで経っても奴らの巣を抱きかかえたまま返そうとしない生徒会長から無理やり剝ぎ取って化け物に放り投げた。そのすきに俺はアズサを連れてやつらの死角になる場所に逃げおおせたが、久しぶりの全速力の逃避行に俺の体力はすでに限界だった。

 そこからはもう俺の記憶が不鮮明で今ではあまり思い出せない。アズサに俺の憤りをぶつけて説教をかまし、アズサから反論を躱しつつも俺は何とか生きるための術を元に動いていた。


 川を見つけ、その下流には安全そうな洞窟を見つけた。この川を下っていけば恐らく海にいずれは繋がっているだろう。その近くにはきっと何かの集落があるはずだ。ここが日本かどうかも怪しいが、この化け物が闊歩する環境だ。ここに住む民族もそれなりの対策を心得ているだろう。


 夜になる前に俺は焚火の準備をしつつ、アズサには無理だろうが食料の調達をお願いしていた。さっきみたいなことになるのは正直勘弁なので、木の実や魚など難易度が低い食料を取ってくるように言いつけておいた。そうしたら意外にもまともな木の実を持ってきたので夕方、俺たちはそれを頂くことにした。


「これも初めて見るな・・・。一体何の木の実だろう」

「木の上にあったの。かなり高い場所にあったから採るのは大変だったけど」


 かなり硬く、石で数回叩いてやっと割れた。中からは赤い液体が流れだして俺は慌ててその液体にかぶりつく。


「っっん、うまい! 何だこれ・・・! グレープフルーツみたいな味だけど、もっと甘い。これは生き返るな・・・!」

「ちょっと、あたしにも少し分けてよ。わたしが見つけてきたんだからそれくらいいでしょ」

「まぁ待て、果実の部分もあるからこっちも・・・。んん! こっちの果実はみかんみたいな触感だ! これはなかなかイケるな」


 1個しかない果実に俺は不甲斐なくも夢中になってしまった。それが気に食わなかったアズサは俺の手元から木の実を取り上げて液体を口に運んで美味しそうな表情を浮かべる。

 まぁ、苦労して取ってきたのはこいつなんだからいっぱい食べる権利はあるかなと、俺はアズサがおいしそうに頬張る姿を見て心のうちに感じる。


 サバイバル本で見たようなやり方では火を起こすことはできなかったので、俺たちは夕暮れ隣でくっついて寝ることにした。この暗さでは洞窟の外に出るのは自殺行為だし、真っ暗闇の中歩き回るのも危険だ。運よくスマホは持ってきていたのでフラッシュライトがあるが、それも電池が勿体ない。


「翔太、あたしたち帰れるのかしら」

「さぁな」

「ここでかっこいい幼馴染なら、女の子を励ますような言葉を投げかけるのが普通じゃないの」

「あいにく俺はかっこいい幼馴染でも何でもないんでね。まぁ、竜峰たちも先生たちも心配してるだろうし。さっさと帰らないとな」

「あたしは生徒会長としての業務もあるんだから、明日には帰らないと。溜めてた仕事が追い付かなくなっちゃうわ」

「それはお前が悪いだろ、昔からだよな全く。いやなことを後にずっと残して、夏休みの宿題だってそうだったし」


 暗闇の中俺とアズサの声だけが洞窟の中に響き渡る。洞窟は奥にも続いてるようだが、探索する元気も気概もなく、安全そうなので入り口の奥辺りで2人で縮こまっている。

 こんなに広いのに馬鹿みたいにせせこまっしく縮こまっていると、なんだか昔を思い出す。


「こうしてると昔を思い出すわね」


 それはアズサも同じだったようで、そんな言葉が聞こえてきた。


「ああ。小学生のころだったっけか。遠足の時に迷子になって、危うく遭難しかけたんだったな」

「あの時は翔太ったらわんわん泣いちゃって。頼りなかったもん」

「それは仕方ないだろ・・・。4年生とかだったろあれ、というかお前もかなり泣いてた記憶あるけどな」

「あれは翔太が泣いてるから共鳴しちゃっただけよ、怖くて泣いてたんじゃないわ」

「共鳴って、犬かなんかかよ」


 これだけ近く、辺りが静かだと流石の俺も気まずい。幼馴染とはいえアズサもいい年頃の女の子だ。肩が触れるほどに近い距離感にまともな女性関係がない俺もは動揺してしまう。


 そういえば制服のままここにきてしまっている。一日中走り回ったせいで制服もボロボロだし、裾には泥もついている。これ洗濯して落ちるもんなのか? 


「今のうちに寝てろよ。俺が見張っとくからさ」

「いいの? 翔太だって疲れてるのに」

「俺はまぁ、平気だ。徹夜は慣れてるし」

「でも一日追いかけられて疲れてるでしょ?」

「誰かさんのせいでな。大丈夫だよ、限界来たらお前の事起こすから、その時は変わりで監視役を立てようぜ。いいから俺の気が変わらないうちにさっさと寝とけ」

「私が寝てる間に変なことするつもりじゃないでしょうね」

「しねぇよ」

「・・・そう。じゃあお言葉に甘えることにするわ。・・・おやすみ」


 アズサはそう言って床に寝転んだ。足を両腕で抱きかかえるようにして寝る彼女を俺はじっと見つめる。


「・・・」

「・・・な、なに?」

「いやなんでも」

「・・・そう」


 俺の目線が気になったのかアズサは妙にこちらをちらちらと横に見やる。


「・・・」

「・・・・・・・」


 んんんんんん・・・・・・。

 俺は凄まじい剣幕でアズサの寝姿を見つめる。何を考えているかなんて、この状況なら明確だろう? だけど、そうなんだけど。一番の問題と言いますか、課題と言いますか。


 俺はこみ上げかけていた理性の暴走が冷めていくのを感じてそっと目を閉じる。

 重い腰を上げて俺はアズサを起こさないようにゆっくりと歩き、洞窟の外に出た。

 入り口付近で体操座りで地面にしゃがみ込み俺は大きなため息をついた。


「なんで、こんなにもあいつに魅力を感じないんだろう・・・」


 俺は沈黙する息子に語り掛けるようにそうつぶやいたのだった。





















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