1章 Ⅳ

「なんでこれ光ってるの・・・?」


 アズサがルールブックを見下ろしながらそう言う。

 勉強机に開かれて置かれているルールブック。もちろん素材はただの紙なのだから光るような仕組みも仕掛けもない。大体これを俺と音無さんは、姫川が持っていたのを知っている。どれだけあいつが作家としての実力があってもこんな芸当は不可能だ。


「わからない。マジでなんだこれ」

「ねぇ翔太、わたしすごく嫌な予感するんですけど。なんていうか、吸い込まれそうな感じ?」


 言いえて妙なアズサの言葉に俺もうなづくしかなかった。触ることすら拒まれるほどに目の前のそれは異質な空気を醸し出していた。


 とその時、外から声が聞こえた。


「おーいしょーたー! 大丈夫か?!」


 俺は部屋からカーテンを開けて窓をこじ開ける。建付けが悪かったのか窓は開けづらく少し強引に力を込めて開けた。


「大丈夫だ」

「なんかその部屋光ってっけどどしたー? 照明かなんかか?」


 本から漏れ出ている光と説明しようにも信じてもらえるかどうかすら怪しい。とりあえず姫川の部屋で合流するのが一番だと感じて俺は竜峰にこっちに来てくれという旨だけ叫んだ。


「結構姫川さんの部屋大人っぽいのね。ジャズ系が好きなのかしら、ポスターも張ってあるし」

「おいあんまり本人がいない間にじろじろ見るなよな」

「いいじゃない減るもんじゃあるまいし、大体翔太こそこうやって女の子の部屋に無断で侵入してるじゃない」

「紛らわしい言い方するのはやめろ・・・! 変態みたいじゃねぇか!」

「実際翔太はそういうところあるからなぁ。好きな女の子の家特定してストーキングとかしてたりして」

「してねぇよ!」


 こいつは俺を変質者に仕立て上げたいらしいが、今はこいつの冗談に付き合っている暇はない。とにかく姫川の行方に繋がるものが何かないかを探すために辺りを見渡す。

 特にこれといったものはない。以前俺が姫川の家に来た時のまんまだ。不気味なくらいにそのままの状況で、まるで消えてしまったかのようで。ここだけ時が止まっているかと錯覚する。


 やはりあの本が怪しい。俺はそう思い光っている本に振り返る。


「やっぱりこれ光ってるわね。小汚い本だけど、何かしらこれ」

「おい、あんまり触るなよ・・・。ただでさえおっかないんだ・・・から。って、お前なんか・・・」

「え? なに?」

「おま・・・おま・・・!」

「オマール海老?」

「ちっがうわ!!! お、お前体が・・・!」


 透け始めてる!!

 俺は目の前の光景を飲み込むことすらできず、アズサの消えゆく姿を捉える。

 本を持つ手から順々に透け始めて、アズサもその異常事態に驚きを隠せないでいる。


「ええぇ?! な、なにこれ・・・! ちょっと、翔太! な、なんなのこれ!」

「一回本を置け! そいつが原因だろどう考えても!」

「わかった!」


 とアズサは俺の意図を汲んで本を無事放り投げた。

 俺のほうに。


「おおおお?! お前どんだけ考えなしの低能なんだよ! 俺に投げるやつがあるか! 反射的に受け取っちまったじゃねぇか??!」

「そんなの知らないわよ! 投げた先に翔太がいただけじゃない!」

「いや明らかに意図的ですよね?! こっちに照準定めてから放り投げてましたよね!! お前はどんだけ俺を巻き込めば気がすむ・・・って俺も透け始めてる!!!」

「翔太さん!! どうすればいいのこれ! どんどん消えて足とかもう見えないんですけど! 幽霊なんですけど!」

「お、落ち着け! 一旦深呼吸だ!」


 落ち着くためにそう叫ぶが刹那、扉が開かれる。大声を聞いて駆けつけてきた竜峰と音無さんだった。俺たちの姿を見て二人も驚愕の顔を浮かべてしまう。


「おおおおぅ?! 翔太なんだお前それ! 体透けてんぞ?!」

「はぁ・・・ふぅ・・・はぁ・・・ふぅ・・・」

「翔太さん!? 深呼吸するごとに体透けてるんですけど! 逆効果!!」


 ああぁ何なんだこれ!! 一体何がどうなってやがるんだ! 


「おもしれぇ、文化祭で披露する新しい芸か?!」

「んなわけあるか! おいそこ! 写真撮るな!!」


 事態の緊急性を理解できていない馬鹿峰はスマホで暢気に写真を撮る。音無さんは怖がって声も出せていないようだ。


「竜峰! その本には絶対触るな! いいか、姫川の家から出て先生たちに伝えてくれ! この事態を!」

「いやこんなのどう説明すんだよ? 目の前で消えたなんて言っても信じてもらえねぇぞ」

「だったら動画だ! 動画も撮ってろ!!」

「なるほどな」


 竜峰はモード切替をして撮影に臨む。

 スマホから音楽を垂れ流しながら。


「わざわざTik〇okで撮れなんて言ってねぇだろ!? なんだバズらせようってか?! 生徒会の会計と会長消えてトレンド入りさせるのか?!」

「それいいわね! そうしたら私の知名度も上がってwinwinね!」

「どこがwinwinだアホ生徒会長! 俺たちまで消えたらバズる意味ねぇだろうが! そもそも生徒会長が消える動画ってなんだよ・・・!」


 というか、いよいよもう消える・・・!

 もうアズサに関しては顔しかない! どこかの妖怪のようだ・・・。消える感覚には慣れてきたが恐怖が凄まじくこんな悠長な言い合いをしている場合ではない。


「とにかく、その本には触るな! いいか竜峰!」

「ああ、わかった・・・! お前の事は忘れねぇから! 音無さんも、あいつに何かお別れの言葉を言ってやれ」

「え・・。? 先輩死んじゃうんですか・・・?! ええぇ!? これドッキリとかじゃないんですか?!」


 あ、かわいいいい・・・。ああこの純粋無垢な天使にはいつも助けられたなぁ。変人ばかりの生徒会でこの子だけが癒しだった。最期に、告白でもしておけばよかったなぁ。

 そんなことを思い描きながら、俺の意識は虚空に消えていった。痛みも苦しみもなく、ただ文字通り目の前が真っ暗になって、どこか体が消えて無くなる感覚だけが残った。








 何かが体の中ではじける感覚がした。燃えるような、何かが燃え滾るみたいな感覚。例えるならそう、熱々の風呂に20分ほど肩まで浸かった後にバスタオルで体を拭いている途中のあの感じ。あの火照った体の温度。それだけが俺の五感を刺激した。


 あとは。頬が痛いな。

 痛い・・・。

「ーきな・・・よ」


 いたいな、息もしにくい・・・。


「起きなさいよー」


 目の前が、明るくなった。


「なんでお前は俺に馬乗りになってるんだ」

「やっと起きた、死んだかと思ったんだから」

「・・・ほっぺたが痛いんだが」

「それは起こさせるために叩いたからね」

「後俺の鼻の穴にぶち込んでいるこれはなんだ?」

「わかんない、地面から翔太の顔に上ってきたミミズか何かが巣かと思って潜り込んでるみたい」

「だぁぁぁああ?! なんてことしやがんだこのクソ会長が?!」


 俺は即座にアズサを押し倒して鼻に侵入してこようとする何かを俺は必死に掻きだそうとする。アズサは押し倒されてしりもちをついたことに悪態をつきながらケツに付いた汚れを手で払う。


 女じゃなかったら殴っていたところだ。


「お前はマジで問題を起こさないと気が済まないタイプなんだな? 翔太さんびっくりだわ!」

「私なりに幼馴染を起こそうとした結果じゃない。ほらよくあるじゃない? おはようのチューとかミミズサプライズとか」

「どこの世界の幼馴染にミミズを使って起こさせようとする馬鹿がいるんだよ?! 大体幼馴染の朝の起こし方なんて布団に潜り込んでから呼びかけて起こすかほっぺにキスしてから顔を赤らめて照れながら『おはようハート』ってやりながら起こすのが定番だろが!」

「翔太さんの欲望丸出しな性癖には毎度ドン引きよ・・・、私も女の子ってこと忘れてない?」

「ああそうだなそう思われたかったらもう少し真っ当な女子としてふるまって・・・。というかここどこだよ」


 目の前の出来事を処理するのに精いっぱいだった俺は正気を取り戻す。周りは木々に木々に木々。ひたすら森だった。

 さっきまで姫川の家にいたよな・・・?


「わかんない。私も気づいたらここにいたから。5分前くらいに私も目が覚めたところよ」

「大体さっきまで夜だったよな? なんで太陽が昇ってんだ・・・。意味が分からん」


 ふと地面を見る。さっき俺が蹴落としたミミズのようなもの、明らかにミミズではない何かで俺は後ずさりする。形状と大きさはミミズだが、斑模様なものに手足のようなものが無数についている。見た目は明らかに俺の知っているミミズではない。


「このミミズみたいなものも初めて見る、ここそもそも日本なのか? 海外の変な孤島とかか?」

「そんなの困るんですけど! 明日も普通に学校だし宿題も補講テストの復習もまだなのに」

「わかってる・・・! わかってるけど、今はそれどころじゃない気がするぞ」


 明らかに感じた・・・。俺たち以外の存在を、そしてそいつらは俺たちに明確な殺意に近いものを持っていることを。

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