1章 Ⅲ
あれから1か月が経過した。唐突に始まったTRPGの脚本づくりも意外と始まってしまえばすんなりと進んだ。さすが作家志望の姫川、彼女が提示するシナリオはどれも魅力的なものばかりで、序章しか読んでいないものの、いくつかのシナリオを拝見した限り先の展開がかなり気になるものばかりだった。この1か月俺と姫川、あとお手伝いさんとして音無さんが姫川の家にルールブック作りを目的として姫川の自宅に上がり込んだ。
俺が選んだシナリオは姫川が一番押していた物語。舞台は魔法と剣があるファンタジー世界。そこでは1000年に渡って霊王と呼ばれる世界の統治者がイレヴンガンドと呼ばれるこの世界を牛耳っていた。霊王なんてかっこいい名前だが要は魔王だ。
だが霊王はあくまでも脇役的な存在で、この世界の本質的な問題は人間族であるアークスという種族と身体能力に長けたエルフ、そして元々この世界の主な種族だったガンドと呼ばれる種族の3種による世界大戦だ。俺たちはこの3種の種族に分かれて旅をすることになる。しかしこの3種は相いれない存在で、そんな3種が混合されたパーティはイレヴンガンドという世界で異端とされているわけで、どの種族としてプレイするかでその後の旅による影響が大きく変わってくるみたいだ。
「面白い設定だなこれ! 王道な感じのストーリーだけど魔王以外にも世界の秩序を乱す存在を設定に組み込むことで分岐も作れてる。姫川、お前って結構すごいんだな」
「ふふ、それほどでも、ない」
「この3種族をどれにするかで結構結末も変わりそうですよね。なかなか初めから考察の余地がありそうです!」
「ふふ、汝が選択せし種は、のちの結末の善となるか。それとも悪とするか」
いかにも中二病のような口調で話しているのはもちろん姫川だ。こいつとの仲はまだそれほど深くはない。言っていた通り俺はこいつと生徒会で出会うまでは完璧無欠な天才少女だと勘違いしていたのだが。恐らくアホに追加で中二病も併発してしまっているらしい。
「この世界に舞い降りし汝らがこの均衡を崩す存在となるか、あるいは破滅の道を歩ませる羊飼いと成りさがるか」
「・・・えっと、翔太先輩。なんて言ってるかわかりますか?」
「音無さん、考えるだけ無駄だ。多分こいつの頭の中はとんでもないほどにあほだから」
こんな感じでほぼ姫川の作家力でどんどんストーリーが更新されていった。中盤から俺はストーリーを楽しむためにあえて脚本には目を通さないでいた。姫川の小説は読んだことがないが、ネットの投稿サイトではかなり有名どころになっているらしい。これも意外な真実だ。今度じっくり拝見したいものだが。
世界観や脚本の大筋は姫川に任せるとして、人物設定やアイテム類の設定は音無さんが、職業やクラス、魔法や武器種類などの設定は俺が担当した。なんだかんだかなり世界観の作りこみは白熱して、生徒会が休み&休日はこうやって姫川の家に転がり込んでルールブック作りに勤しんでいた。
気づけばあれから1か月。俺と音無さんの作業はとっくに終わりを迎え、あとは姫川の脚本を待つのみになった。
のだが・・・。
「姫川さん今日も休みみたい。大丈夫かしら」
「俺が連絡しても無視されっぱなしだ。一体どうなってんだ、もしかして何か事故とかあったんじゃねぇのか?」
放課後、生徒会の実務の合間に竜峰とアズサのそんな話が聞こえてきた。
俺と姫川は教室が別だ。もう6月になるというところだが先週までは姫川はきちんと学校に来ていたらしい。
だが急に何の連絡もないままに学校に来なくなってしまったらしく、教師陣が彼女の自宅に訪問しても音沙汰なし。姫川の両親は共に海外に共働きに出ているらしく、そちらに連絡も付いていない状況らしい。
「事故なら事故でニュースにでもなってると思うけどな。音無さんも何も知らない?」
俺の質問に隣で本を読んでいた音無さんが顔を上げる。
だが彼女の返答は予想通りのもので、淡々とこう言って首を横に振った。
「いえ私も、翔太先輩と姫川先輩のおうちにいったきりで。連絡もありません」
「だよな・・・。脚本づくりに夢中になってるって線もあるけど、流石にこの1週間何の連絡もないのはおかしいよな」
「脚本づくり? なにそれ」
俺のつぶやきにアズサはそう答えた。
「おいお前まさか忘れたんじゃないだろうな」
「え。なになにそんな怖い剣幕で・・・。どうしたの翔太さん・・・」
「1か月前にお前が言ったこと、忘れてないよなって聞いているんだが」
「え・・・と。な、なにかしら・・・。ええと、ああぁっ思い出したわ! テーブルなんとかってやつよね! わ、忘れてるはずないじゃない!」
こいつぅ!! やっぱり忘れてやがった! だからこいつ嫌いなんだよ! いつまで経ってもこの性根は変わらねぇってことか・・・。
「それよか、これから姫川んち行ってみね? 何かわかるかもしれないし意外と家にいたりするかもよ」
竜峰がそんな提案をする。
「でも先生たちが行っても無駄だったのよね? 私たちが行っても同じじゃない?」
「いや、そうとは限らねぇぜ。生活指導の教員が2人で訪問したらしいから流石の姫川もビビッて出られなかった可能性もあるし、ちょうど外出中だったかもしれない。行ってみる価値はあるはずだ」
珍しくまともなことを言う竜峰に俺と音無さんも賛同する。アズサも拒否する理由もないので承諾して今日の作業は明日に持ち越し、今日は姫川の家を訪問することになった。
「見た感じは、誰もいねぇな」
竜峰が三階建ての家を見上げながらぼやく。
時刻は18時過ぎ。辺りも暗くなりはじめ、家の明かりがつき始めている頃合いだが姫川の家には明かりの1つも灯っていない。大きな庭もありそこから中の様子を伺うこともできるが暗くてよく見えなかった。
「インターフォン、鳴らしてみましょうか」
音無さんがそう提案して俺を含めて全員うなづき、彼女が恐る恐る押してみる。
チャイムはなっているみたいだが反応はない。姫川がいるであろう部屋にもあかりはない。これはいよいよ心配になってきた。
「姫川ぁ! いるかぁ?!」
竜峰が叫ぶが当然音沙汰はない。あんまり叫ぶと近所迷惑になるのでこれ以上の呼びかけはできなかった。と、竜峰があることに気づく。
「おい翔太、あれ」
「・・・扉が開いてるな」
かすかに扉が開かれておりまるで何かを誘うかのように佇んでいた。正直薄気味悪い。何度も来ている姫川の家が知らない誰かの家のようでゾッとする。
「ねぇ、流石に様子おかしくない? 一旦帰らない?」
「なんでここまで来て帰るんだよ・・・。扉があきっぱなしも妙な話だ。それに、先生が来た時は扉もしまってたんだろ? だとしたら、誰かがこの家に行き来してるってことだろうが」
「誰かって、誰よ・・・」
姫川しかいないのだが、この状況だ。別の可能性が脳裏に浮かんでも不思議ではない。
俺は生唾を飲み込む。それは竜峰も同じだったようで額から汗が見える。正直このまま進むのは勘弁なんだが、ここは音無さんもいるので何としても恰好をつけたいところだ。
「音無さん、俺と竜峰とアズサが様子を見てくるからここで待っててくれない?」
「ええ!? 私は嫌よ! あんたたちだけで行ってくればいいじゃない!」
「うっさい黙れアホ生徒会長! お前はTRPGのことを忘れていた件で連れていく。俺はまだ許してないからな!」
「忘れてないってば! ちゃんと思い出したじゃない!」
「それを忘れてるっていうんだよやっぱり馬鹿かおまえ! いい加減その悪い癖直したらどうだ。あんまりひどいと市橋高校の名前に傷がつくことになるぞ!」
その後、結局俺とアズサで一旦姫川の家の様子を見ることにした。竜峰も一緒に付いていくと言っていたが、この時間帯だ。音無さん一人路地に置いていくわけにもいかないのでここはそれぞれ分かれることにした。
この1か月何度も訪問していたが、この家の大きさには慣れない。屋敷、というほどの大きさでもないものの廊下のでかさや庭がある関係上構造自体が大きい。この家に1人で住んでいる姫川には悪いが、ここまで規模が大きいと薄気味悪い感じもした。このでかさで生活音が一切ないのもその気味の悪さを増幅させる。
「ねぇ翔太。姫川さんてどの部屋にいつもいるの?」
「三階の南部屋だ。階段上がってすぐのところにある。ていうかお前近くないか? もしかしてビビってるとか?」
螺旋状の階段を上がる俺だったがぴたりと体をくっつけて歩くアズサにそう悪態をつく。
アズサは声を荒げながらこういった。
「そんなわけないじゃない。私は市橋高校の生徒会長よ、この程度で怖がるほどチキンじゃないわ」
「へぇそうか、んじゃあ今俺がここでダッシュで家から逃げ出してもお前は怖くないってことだよな」
「なんでそんな意地悪なこと考えるの・・・。言っとくけど私だって昔よりかはそういうことは耐性がついてるんだからね。お化けとかオカルトとか、信じてないし」
そう強気に語る生徒会長殿は俺の腕にしがみつきながらそうおっしゃった。
「歩きにくいんですけど」
「だってこの階段狭いし」
「はぁ、わかったわかった。ただ本当に歩きにくいからしがみつくのはやめてくれ」
「そう? まぁ、はい。わかった」
案外素直に聞き入れたアズサはすっと俺の腕から手を離して一歩後ろに下がる。
と、俺は3階への階段を上がりきったところであることに気づいた。階段上のフロアに片足を乗せて止まる。
「な、なんで急に止まるのよ」
「いや、何かある」
「何かって何・・・? もしかして幽霊・・・? ちょ、ちょっと翔太。冗談きついわよ、冗談は顔と性格といつもにじみ出てる変態気質なオーラだけにしてちょうだい。翔太ったら音無さんを見る目が時々キモイのよね」
「おいぼろくそ言いやがって・・・! つかお前幽霊なんて信じてないって10秒前に言ってなかったか?」
「気のせいよきっと」
こいつまた俺の腕にしがみつきやがって・・・! 歩きにくいって言ってんだろ・・・。
だが今はそんなことよりも、だ。
姫川の部屋の扉下。隙間があるのだがそこから青白い光が漏れ出しているのが確認できる。何かの照明か、部屋の明かりかと思ったが外から確認したときはそんなものなかったはず。
俺は怖がるアズサを無理やり連れていき部屋の扉を開ける。
その光の正体、出どころは姫川と俺たちが共同で作っていたルールブックからだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます