5日目
今日も、学校が無い。
でも学校の制服に袖を通した。
「………行くよ」
両親に急かされて、昨日のうちに済ませていた荷物を持って、家に一旦別れを告げる。そのまま全員が無言で、目的地に向かった。
今日は通夜の日だ。
「………」
「………」
沈黙を破ったのは誰か
僕では無かった。消去法的に両親という事になる。今の自分に入ってきた音はただの雑音と処理されたのか全く会話の内容が入ってこなかった。でも、少なくとも頭を使った会話じゃないという事だけは分かった。
しばらくすると、目的地に着いた。
着いてしまった
「着いたよ」
「………」
「ねぇ!」
「っ、わかった」
気が付かなかった。気が付きたくなかっただけなのかもしれない。スマートフォンで写真を開くとそこには君が居た。
「………虚像だ」
ただの虚像。本当の君は、目の前の建物に居る。
ただ、両親に付いていく。
少し、雨が降っていた。
「こんにちは」
「………どうも、お足元の悪い中でお越しいただきありがとうございます」
「いえ。此度は、誠にご愁傷様です。心からお悔やみ申し上げます」
両親に倣って、あいつのお母さんに深い礼をする。『強いな』って、他人事みたいに思った。実際他人のようなものだけど、それでも深い関わりある人に。
「ではこちらでお待ちください」
「はい、ありがとうございます」
係の人に、事前に配置されてあった椅子へ案内される。革の椅子は冷房のせいか、夏なのに冷たかった。椅子と自分の臀部の間に手を入れこんで、熱を伝導させる。
しばらく待っている間にも何人もの人が席へ案内されて行っていた。その中には知っている顔と知らない顔が入り乱れていた。全員に会釈した。いや、分からない。自分は違和感なく会釈をできてただろうか。
「それでは、こちらへ」
扉が開き、見えたのは棺の置いてある部屋だった。棺の扉は大きく開いていた。
「………ぁ」
君が、居た。
「………」
目が合った。いや、嘘だ。
目なんて、開いていないのだから。
今目が合ったのは、自分の中にある君と。
この期に及んで自分は、現実から目を逸らしたいらしい。
「………」
腿を固く握った拳で殴りつけ、意識を現実に引き戻す。目を逸らすな。
「それでは、おひとりずつ。どうぞ」
一番最初は、自分達だった。到着が一番早かったからだ。
一昨日見たというのに、自分の逸る気持ちを抑えることが出来ない。
「………ぁあ」
君だ。本当の君がそこに居た。一昨日と何も変わっていない。強いて言うなら、ちょっと肌が乾燥しているかもしれない。死化粧の粉でそうなっているだけかもしれない。でも、君だった。自分と殆どの人生を共に歩んできた………きていた君が。
「………まだ、起きてもいいんだよ」
実はドッキリだったりしないだろうか。もしそうだとしたら自分は凄く怒るだろう。でもそれ以上に嬉しさで怒りを塗り潰すだろう。だから、まだ。まだ起きてきても良いよ、『寝坊した~!』ってさ。聞かせてよ、自分はいつもの制服姿で、迎えに来たからさ………ねぇ
「まだ、死なないで欲しかった………将来の夢とか、言ってたじゃんか………」
キャビンアテンダント、だっけ。良いと思うよ、目指してみようよ。もし君がキャビンアテンダントになったら、自分が絶対その飛行機乗るから。理由なんて無くても、旅行せずとも。飛行機乗るから。
「だから………」
「………あんた、そろそろ」
「………うん」
そんな奇跡は無い。これは小説でも漫画でもない。自分は別にハーレムを望んでいる訳でも、最強を望んでいるわけでも無いのに、君に生きていて欲しいだけなのに………ご都合展開とか、頂戴よ………
そう思いながら自分の後にも沢山の人が待っているという事にふと気が付く。小さく『またね』って言葉を君に贈って、椅子に戻る。
その後の事は、覚えていない。
ただ、つまらなかったことは覚えている。
その時間を君との時間に回したかったことも。
疲れていたのだろう。家に帰ると直ぐに君の夢を見た。
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