4日目

君の声が、遠のいていく。

君の笑顔が、遠のいていく。

君の掌の温もりが、遠のいていく。

君の香りが、遠のいていく。

君のいる思い出が、遠のいていく。


「ぁ………」


 怖い夢を見た。朝起きると布団は汗でびっしょり、枕は何故か冷たかった。


「………はは、なんだ、夢か………」


 おもむろに、スマートフォンの写真の入っているアプリケーションを開く。最新の画像には、君が映っていた。この人を、僕は一生忘れないと胸に刻み込む。昨日に比べたら大分自分の体調も良くなってきた。


 人間の体は優秀であり残酷で、昨日あれだけ食欲が無かったのに。朝気が付くとお腹が空いていた。なんだか無性に虚しくなって、一粒の塩味を吞み込んだ。


「おはよう………」

「おはよう、ご飯いる?」

「うん。いる」


 朝ごはん食べるのが久しぶりに感じる。自分の体重は2日で4キロ減っていた。別に太ってないけど、人生で一番ダイエット出来た。その代わり、気分も体調も悪かった。朝ごはんを啜るようにしてお腹に入れる。何故だか、食べ終わるのが怖かった。


「ごちそうさま、風呂入る」

「はーい」


 汗と涙でびっしょりの体を洗い流すために浴槽に入る。ペタペタという足音がやけに響いた。


「はぁ………」


 分かってる。分かってるさ。そろそろ現実を受け入れるべきだよな。

 でも、なんで………なんで君が死ななきゃいけなかったんだ………!!!

 何にも悪い事なんてしてないはずの君が、なんで………


「………あぁあ、ほんとに。………何でかなぁ」


 裏返った疑問の声は風呂場で反響する。


『またね!』

「っ」


 浴槽の水に一つの波紋が広がると同時に今になって、3日前の君の笑顔が浮かび上がってくる。その情景から目を背けるように目を瞑る。だけど、もっと鮮明に浮かび上がってきてしまう。再び目を開けると現実を見ろと言うように、風呂場の光に照らされた金波が頬をつたっていた。


 風呂場の熱と、自分自身から出てくる熱いものでのぼせそうになる。浴槽から上がって、冷たいシャワーを浴びる。さっぱりしたようで、温度差で心臓が締め付けられた。


「そう言えば、化学のノート返してもらってないな」


 正直、ノートなんてどうでも良かった。けどそろそろ定期テストの時期だ。返してもらわないと………

 

「あいつにも、昔は沢山貸してたな」


 あいつとの思い出はあまりに多い。物心ついた時からずっと一緒に居たんだ。あいつと関係の無い事を思い出そうとしたって、どうしても脳裏に移りこんでくる。また、移りこんできた顔も笑顔だ。『ノート貸してもらえない?』って、申し訳なさそうにはにかんだ笑顔。当時は『こいつ……』とでも思っていたような顔が、今では貴重な宝石の欠片の様に感じる。


 この笑顔もいつか、いつか忘れていくんだって思うと凄く怖くなる。いつも見ているゲーム実況者のホラー動画より怖い。下手な幽霊よりも君の記憶が無くなる方が、ずっとずっと怖いんだ。


「明日………また君と会うんだよね」


 静かに眠っているような君に、明日また会うんだ。

 風呂から上がって荷物を纏める。荷物を纏めるのにやけに時間がかかった。




 今度は、本当のお別れの前夜祭として。

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