知らないリンクを安易に踏むな

 俺は激怒した。


 必ず彼の邪知暴虐なる視聴者をどうにかせねばならぬと決意した。


 俺にはインターネットがわからぬ。俺は、エンドリス村の村人である。幼馴染と勉学に励み、翻訳の魔術を生業とするため努力しながら暮らした。別に邪悪に対して人一倍敏感なわけではなかったが、人の悪意には比較的聡いところがあった。


 だが、それはあくまで面と向かって相対している時の話だ。顔も声もわからぬ人間の悪意など気付きようはずもない。


 それは初配信が終わる直前のことだった。文字化けと呼ばれる意味不明な記号の羅列がコメントに流れた後の話だった。


 インターネットにはユーアールエルと呼ばれるものがある。何かの文字の羅列で、それを触るとスマートフォンの画面がガラッと変わるのだ。


 コメントにぽつりとそのユーアールエルが張り付けられた。俺は何も疑わずにそのユーアールエルを触ったのだ。


 ……触ってしまったのだ!


 その先にあんなものがあるなんて知らないまま、俺は何気なくその切り替わった画面をのぞき込み――











上位チャット:お、配信始まってるやん

上位チャット:第二回の配信か

上位チャット:ここどこだ? 部屋の中か?

上位チャット:もしかして異世界ニキの部屋か?


 自分の部屋の机の上にスマートフォンを立てかけ、俺は憮然とした表情になるように眉をしかめ、唇を引き結んだ。


 時間帯はお昼過ぎ。部屋に開けられた窓から陽の光が差し込み、俺の雑然とした室内が照らし出される。


 寝るためのベッドに壁に取り付けられた本棚。少し大きめの窓があって、床には本が数冊積み重なっている。


「俺、許せねぇよ」


 なるべく低くなるような声音で、ポツリと呟いた。


上位チャット:どうしたどうした?

上位チャット:何が許せないんだ?

上位チャット:住所特定されたことか?

上位チャット:前回最後住所特定されててワロタ


「それじゃねぇよ! いやそれもちょっと怖かったけど結局あの後何もなかったから別にいいんだよ! そんなことより!」


 俺が住んでる場所特定されたらしいけど、何もないんだったら別にいいんだよ! そもそも特定されたからって何があるわけでもないし!


「前の配信の最後にユーアールエル貼ったやつ、マジで許せねぇよ……!」


上位チャット:URL?

上位チャット:誰かリンク張ったのか?

上位チャット:あー……

上位チャット:あれ見たのかwww


 俺は前回の配信の最後に貼られたユーアールエルを触って、その先にあったものを見た。


 マジで見なければよかったと後悔した。なんで見てしまったんだとめちゃくちゃ後悔した。


 そのユーアールエルの先にあったものは――


「幼馴染の女の子が性悪な勇者に寝取られる同人誌とかいうやつを俺に見せてきたやつ、マジで許せねぇ……!」


 俺の世界にはないとても精緻でありながら親しみやすい絵がたくさん描かれていて、その絵の登場人物のセリフや心情が文字で書かれている絵物語――日本で漫画と呼ばれているものが、そのユーアールエルの先にはあった。


 それは、別にいい。その技術力の高さには感心したし、文字は俺の翻訳魔術があれば問題なく読めるからそれは別によかった。問題はその中身だ。


 なんだよ寝取られって! 恋人の幼馴染の女の子が主人公と離れ離れにされて、その先で出会った性悪な勇者に手籠めにされる話って何!? 女の子も最初はいやいやだったのに最後には自分から勇者を求めて、主人公に別れを告げて……なんなの!?


上位チャット:wwwww

上位チャット:寝取られ同人読んでてワロタwwww

上位チャット:草 脳破壊されちゃったのか

上位チャット:マジで誰だよそんなの貼ったやつwww


「しかもその女の子の容姿がちょっとリリーに似ててさぁ! 俺、家に帰って部屋で一人でガチ泣きしたんだけど!? もしリリーとエルウィンがこんな風になってたらって思ったら動悸が止まらなくってさぁ! この二日間くらいマジで食欲失せて悪夢も見たんだけど!? マジで許せねぇって!!」


 俺は心のままに叫んだ。幸いこの家には今俺しかいないから、両親から一人で喋ってる痛いやつと思われることもない。


 あの寝取られ同人誌とかいうやつ読んだとき、マジで心が死ぬかと思ったわ!


 なんで女の子は主人公のことが好きなのに裏切って勇者に走るわけ!? なんで勇者は女の子に恋人がいるってわかってるのにそういうことするわけ!? 一人寂しく女の子の帰りを待ってる主人公がかわいそうすぎて胸がいてぇよ!


 しかも最後には心変わりした女の子に酷い言葉ぶつけられて振られるんだぞ! 一体主人公が何をしたんだよ! 何もしてねえよ! 何かできる距離にもいなかったよ!!


上位チャット:クッソ叫ぶやんwww

上位チャット:脳破壊されたら再生されないからな

上位チャット:ようこそ寝取られ沼へ!

上位チャット:ここから先は底なし沼だぜ!!


「嫌だよそんな沼!! 火つけて枯らしてやるよ!!」


 こう、最後まで読めばやっぱり女の子が主人公のところに帰ってきてくれるんじゃないかとか、そんなことを思いながら読んでたのに全くそんなことはなかった! 主人公に救いはなかった!


「……まあでも、冷静に考えてさ」


上位チャット:うん

上位チャット:トーンダウン


「俺のリリーがあんなことになるはずねぇわって逆に思えたわ。そもそもエルウィン別に性悪じゃねぇし。リリーが俺を裏切ってエルウィンに心変わり? ないない」


上位チャット:草

上位チャット:フィクションを見て、逆に現実の方が希望を持てるようになってしまった

上位チャット:まあ寝取られとかファンタジーみたいなもんだし

上位チャット:実際あんなこと起こるわけないしな


「いや……うん。リリーのことちょっとでも疑った自分が恥ずかしくなったわ。俺のリリーがあの同人誌とかいうやつに描かれてた女の子みたいに、簡単に他の人に心変わりするわけないって」


 村にいた頃からリリーは俺とそれ以外の男子の対応が全然違っていた。俺にだけ優しいし、俺にだけべたべたくっつくし、可愛かった。


 あの手紙とか、確かに文字はリリーの文字っぽかったけど、よくよく思い返してみると内容がリリーっぽくない。


 あの時の俺はどんどん少なくなるリリーの手紙に、冷静ではなかったのだ。


上位チャット:寝取られで脳が破壊されたと思ったら逆に再生してる

上位チャット:やったぜ

♰魔王♰:よかったのう、異世界ニキ

上位チャット:異世界ニキ復活!


「いやもともと別に破壊されてないが? ――んん?」


 コメントに言葉を返していると、ふと気になる文言が目に入ってくる。


 いや文言というか単語というか、今まで全部「上位チャット」って表示されているところに、何か変な言葉が表示されたというか。


 いや俺の見間違えかもしくは翻訳魔術の誤作動なんだろう。そうだよな? そうであってくれ!


上位チャット:魔王様!?

上位チャット:魔王様こっちにも!?

上位チャット:日本語対応魔王様!

♰魔王♰:うむ。わらわが魔王であるぞ! よろしく頼む異世界ニキ!


「はあぁぁぁぁぁぁ――――!?」


 当然のようにコメント欄に現れた魔王という存在に、俺は今日一番の叫び声をあげるのだった。











ここまで読んでくださりありがとうございます!

もし面白いと感じたり、続きが読みたいと思われた方は☆を頂けると幸いです!

作者のモチベーションの維持や作品の露出の機会の増加など、様々な場面で☆が役に立ちます。どうかよろしくお願いします!

今後も不定期更新です。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

幼馴染で恋人の女の子が勇者と結婚すると聞いた俺、究極の闇の力「インターネット」を手に入れてしまう Yuki@召喚獣 @Yuki2453

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ