ネットで個人情報を喋ると特定されるから気を付けろ
「ガルムホークいなくなったな」
コメントによる文字通りの言葉の暴力によりガルムホークをタコ殴りにした結果、ガルムホークはよろよろとした足取りで森の奥に消えていった。散々コメントで罵倒を繰り返されたガルムホークの眦には涙が浮かんでいた……気がした。魔物の表情なんてわからん。
ガルムホークが去った後、森は再び静寂を取り戻していた。俺は疲れた足を引きずるように村に向かって歩を進めていた。流石に魔物が出た森の中にそのまま居座るわけにはいかない。
森の木々の間を縫って月明りが地面に降り注ぎ、森の地面を柔らかく白銀に照らしている。そのおかげで夜の森の中にもかかわらず、俺は迷いなく歩くことができていた。
上位チャット:やったぜ
上位チャット:ガルムホーク君かわいそう
上位チャット:ガルムホーク君が何したっていうんですか!
上位チャット:ちょっと突進してきただけじゃないですか!
「いやその突進で下手したら俺死ぬんだが?」
上位チャット:そうかな? そうかも
上位チャット:そうだったかもしれねぇ
上位チャット:ガルムホーク君は強敵でしたね!
上位チャット:よかったよかった!
「お前らの手のひらくるくる回りすぎじゃね? どうなってんの?」
手に持ったスマートフォンに向かって軽口をぶつける。
ガルムホークが立ち去ってから俺は空中に浮いていたスマートフォンを回収した。回収した後一度空中に浮くかどうか試しに放り投げてみたんだけど、その時は浮かずにそのまま地面に落下した。コメントは阿鼻叫喚だった。読み上げ機能はそのままにしておいたからとてもうるさかった。
これマジでなんで浮いてたの……? そもそもこのスマートフォンとかいうのもよくわかんないし。いやそれ以前にインターネットって力がよくわかんないし。
上位チャット:異世界ニキのインターネットって力、結局なんだったわけ?
上位チャット:今のところわかってることってなんだ?
上位チャット:スマホを出せる
上位チャット:ネット(異世界)につながる
上位チャット:スマホが空中に浮く(※要検証)
上位チャット:俺たちの口撃が攻撃になる
上位チャット:意味不明でワロタ
「マジで意味不明なんだよなぁ……。お前らなんかわかる?」
上位チャット:わからん
上位チャット:なんもわからん
上位チャット:そもそも異世界のことがよくわからんし……
上位チャット:インターネットは魔術とは違うんよな?
「魔術を使ってる時特有の魔力の流れみたいなのが無いから、魔術じゃないと思うんだよな。そもそもこんな意味不明な魔術知らないし」
魔術を使うときは自分の中にある魔力か、触媒を通して空中に漂う魔力を使うか、どちらの方法をとるにしても魔力を使用する。魔力を使用する際は特有の「魔力の流れ」みたいなのを操作する必要があって、これは魔術が使える人間なら自分のものであれ他人のものであれ魔術を使用する際に感じ取ることができる。
そういう観点で見れば、インターネットにはそういった魔力の流れみたいなものを感じることが無かったから、この力は魔術ではないのだろう。じゃあ何かといわれると何もわからないんだけど。
上位チャット:俺たちの知ってるインターネットとも違うしな
上位チャット:異世界ニキがわかんないなら誰もわからん
上位チャット:なんかそういうスキル? みたいな力に詳しい人近くにおらんのか?
上位チャット:魔術とは違う特別な力みたいなやつ持ってる人とかさ
「魔術以外の特別な力かぁ……どうなんだろう。少なくとも俺の村では聞いたことないな」
教会の司祭さんとかフォグさんみたいな魔術を使える人はいるけど、魔術以外で特別な力を持ってる人とかは見たことも聞いたこともない。
上位チャット:それこそ異世界ニキの彼女とか幼馴染とか
上位チャット:聖女と勇者な
上位チャット:あれって魔術以外の力じゃないんか?
上位チャット:聖女と勇者ってそもそもなんか特別な力持ってるん? まあそういう力持ってるっていうのが定番ではあるけど
「あー……どうなんだろう。聖女とか勇者って言われてすぐ連れて行かれちゃったからなぁ。昔から何人か聖女と勇者がいたってことは知ってるんだけど、具体的に何をどうしてたかっていうのはさっぱり」
教会でのアレコレとか、反発心もあって自分からあんまり調べることもしなかったし。リリーの話題を出すと悲しくなるから、あんまり他人にリリーとかエルウィンの話を自分から振ったこともない。
村で俺に雑談なんて振ってくるのはフォグさんとかマテさんくらいだし。
今更ながら俺は聖女と勇者について知ろうとしなかった自分に後悔を感じていた。
上位チャット:とりあえず調べてみようぜ
上位チャット:何かわかるかもしれんし
上位チャット:聖女、勇者、インターネット……全く繋がりが見えねぇな!
上位チャット:インターネットの異物感ヤバすぎ
上位チャット:縺雁燕縺ョ菴上s縺ァ繧句?エ謇?縺ッ縺ゥ縺薙□?
「俺の住んでる場所ってさっき言わなかったっけ。エンドリス村っていうんだけど。ネオバルディアの東側にあるわりと田舎の村なんだけど」
コメントの読み上げ機能をそのままにしていたせいで、俺はその時スマートフォンの画面を見ていなかった。
今コメントの読み上げは俺の翻訳魔術のおかげで、全然違う国の言葉を喋っていても俺の耳には俺の国の言葉に聞こえる。
だから、明らかに文字化けしている文字が書き込まれていても全く気付かず、俺は聞かれたことにそのまま返答していた。
上位チャット:文字化け!?
上位チャット:異世界ニキ何か書き込んだ?
上位チャット:いやでも異世界ニキ森歩いてるし何か書き込んでる様子ないけど?
上位チャット:お前の住んでる場所はどこだ? って聞いてるな
「え、なに? なんか変なとこあったの?」
読み上げられたコメントに釣られて、スマートフォンに目を向ける。それと同時に視界に映る一つのコメント。
それは明らかにさっきから目にする日本語じゃなくて、いわゆる「文字化け」と呼ばれる状態のコメントで。
上位チャット:迚ケ螳壹@縺溘◇縲ゅ♀蜑阪?縺?k蝣エ謇?繧
「特定したぞ。お前のいる場所を」なんて、翻訳魔術を通してそんな言葉に変換された文字化け。
上位チャット:と、特定厨だあああああああああああああああああ
上位チャット:個人情報ペラペラ喋るからぁああああああああああああああ
上位チャット:いやまってこの文字化けと言い異世界ニキの特定と言いこの書き込みって
上位チャット:もしかして異世界ニキの世界の人間か!?
盛り上がるコメント欄とは裏腹に、俺は背筋に冷たいものが流れるのを感じた――。
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