届かないこの想いを

 リリーたちが旅立ってから、俺の生活は変わってしまった。


 いや、生活が変わったというよりは俺の心持が変わったのだろう。


 リリーとエルウィンが傍にいるときは村の人に何を言われても大して気にしていなかった。でも今、あの二人がいなくなってから


「あの二人は伝説にうたわれる勇者と聖女だったっていうのにアンタときたら」

「アンタの兄さんは優秀さを認められて旅に着いて行くことを許されたのにねぇ」

「教会で嫉妬で叫んだって言うじゃない、見苦しい」


 なんて、俺に直接言ってくる人もいれば俺のいないところでこそこそ陰口をたたく人もいて、俺はそのことが徐々にだけど苦痛に感じるようになっていた。


 兄はあの二人が帰ってくるまで待っていろと言っていた。でも、待つのはこの村じゃなくていいとも。


 俺は別に兄と仲がいいとは思っていなかったけど、なんだかんだいって俺と兄は生まれた時から一緒に住んでいる家族で、兄は俺のことをよく理解していた。そしてこの村の人間のこともよくわかっていたのだ。


 だから俺が村に残ることで、今みたいに針の筵のような状況になることもわかっていたのだろう。


 でも、だからと言って子供で何の稼ぎもない後ろ盾もない俺がいきなり村から一人出て行ってどうにかなるものでもないのが現実で、だから俺は大事な幼馴染と、最後には俺の味方をしてくれていた兄がいなくなったこの村で今も暮らしている。


 けれども、俺だって一生をこの村で過ごすつもりなんて欠片もない。元々いつかは幼馴染たちと三人でこの村を出ようって話をしていたんだ。そのためのお金を貯めるために、村の仕事の手伝いなんかをしたりして少しづつお金を貯めていた。


 教会での一件があってから俺はこの村の人間の頭はおかしいと思ってるけど、だからと言って社会的常識と良識を持ち合わせていないわけでもないことも理解している。


 だからいくら俺が幼馴染とか兄と比べられて下に見られているからと言って、別に普通に仕事をしたら仕事をした分の対価はちゃんとくれる。なんなら俺自身の能力はこの村の子供の中でも上から数えた方が早いくらいなんだから、他の子供よりも多めに貰えるくらいだ。


 俺は幼馴染たちと過ごしていた時間を埋めるように、ぽっかりと開いてしまった時間を村を出て行くための費用を稼ぐ仕事の時間に割り当てるようになった。











 そんな風に過ごしていって、少しづつお金も溜まってきて、もうしばらくしたら村から出ても何とかやっていけるんじゃないか、なんて思い始めたころ。


 リリアンから俺宛に手紙が届いた。


 いつも村に来る行商人の人が王都から預かってきたらしく、俺を見かけると綺麗に封のされた手紙を渡してきたのだ。


 村にいたころは下手くそだった字がなんだか綺麗になっていて、遠く離れている恋人の成長がちょっとだけ感じられた。


 リリアンからだけじゃなくてエルウィンからも手紙が来ていたけど、こちらはどちらかというと家族宛の手紙みたいだったからエルウィンの親に渡しておいた。


 その日の仕事を早々に切り上げて自宅に戻る。兄からの手紙は特になかったから、親には何も言っていない。


 俺の親は相変わらず俺にはあんまり関心が無くて、俺が何をやってても特に何かを言ってくることもない。だから自分の家で俺が手紙を開いているところを見ても何も言ってこなかった。


『ケー君へ

 王都に来てから数か月が経ちました。

 王都に来てからはお城の中にお部屋が用意されていて、そこで暮らしています。

 エルウィンとかお兄さんとは近くの部屋なので、何かあったときはみんなで相談しながらなんとか日々を過ごしています。

 こっちに来てから、私もエルウィンも訓練の毎日です。

 エルウィンは剣の訓練を騎士団の人と。私は聖女としての癒しの魔術の訓練を教会の人と一緒にやっています。

 お兄さんは一人お城の人といろいろなお話をしたり、お仕事をしたりしているらしいです。詳しいことは知りません。

 ケー君がいなくて毎日が寂しいです。

 また一緒にお勉強をしたり、お昼ご飯を食べたり、エルウィンに呆れられながらも笑い合っていたあの頃みたいに過ごしたいです。

 そんな日々を取り戻すためにも、私は頑張ります。

 必ず帰るので、待っていてください。住むところが変わったらお手紙で教えてください。

 またお手紙を送ります。ケー君もできればお手紙をくれると嬉しいです。』


「リリー……」


 手紙を読んで思わず呟く。


 久々に感じたリリーの存在に、それまで仕事をたくさんして紛らわせていた寂しさが俺の中で沸き上がってきて、思わず涙ぐんでしまう。


 あんなに泣き喚いて連れて行かれた場所で、それでもリリーは頑張っているみたいだ。それなら、俺だってもっと頑張らなければいけない。


 お金が溜まったら近くの町に移るくらいの気持ちでいたけど、いっそのこと王都まで移動してリリーを迎えに行くのもいいかもしれない。今考えている金額より大幅に増えてしまうけど、リリーだって頑張っているのだから俺がそれくらいできなくてどうするというのか。


 そんなことを思いながら俺もリリーに手紙を書いて、行商人の人に渡した。


 俺がリリーへ宛てた手紙には、リリーがいなくて俺も寂しく思っていることやお金を貯めて王都まで行こうと思っていることなどを書いておいた。


 それからは、定期的にリリーから手紙が届くようになった。


 手紙の内容は日々の訓練のこととか、エルウィンとの出来事とか、お城での日常とか、いろいろなことが書かれていたけど、どの手紙にも必ず俺がいなくて寂しいってことが書いてあった。


 リリーから手紙が届くたびに、俺もリリーに向けて手紙を書いた。俺の手紙の内容も他愛のない村での出来事が中心で、俺も毎回必ずリリーがいなくて寂しいということを書いた。実際寂しいし。


 リリーから手紙が届くようになってから、俺はさらに村での仕事を増やしていった。この頃になると早く王都に行くためのお金が欲しくて、日中はほとんど一日中働いていた。


 村の子供は俺みたいに日中ずっと働くなんてことはしてないから、同年代の子供たちからしたら俺の姿は奇異に映っていたかもしれない。だから友達はできなかった。


 でもその代わり、村の大人たちがちょっとだけ俺に優しくなった。遊びもせずに勤勉に働く俺に何を思ったのかは知らないけど、前よりも嫌味を言われたり陰口を言われたりすることが減った……ように思う。


 俺の生きる原動力は間違いなくリリーだった。王都まで行って、リリーと一緒に暮らして、幸せな未来を掴む。そのことに対して真摯に一生懸命に向かっていた。


 そうやって過ごしているうちに、徐々に定期的に届いていたリリーからの手紙が届かなくなることが増えた。行商人の人が寄る度に届いていたものが、二回に一回。三回に一回。五回に一回……なんて減って行って、最近はもうほとんど届かなくなっていた。


 手紙の内容もなんだか変な感じで、前までは日常的なことが話題だったのに、どんどんエルウィンの話題が増えていっていて、逆にそれまでの日常的なことの内容が減っていっていた。いつかの手紙には、いつも書かれていた俺に会えなくて寂しい、という言葉が書かれていなくて俺はその日ショックで手紙を取り落とした。


 俺の方は行商人の人が来るたびに手紙を渡していたけど、俺の渡している手紙を読んでいないのか、俺が手紙に書いているような内容には一切触れることが無くなっていて。


 手紙の内容の大半がエルウィンの話で埋まる頃、ぱたりとリリーからの手紙が届かなくなってしまった。

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