旅立ちの日、最後まで反対したのは

 魔王が復活したらしい。


 そういう噂は、確かにあった。


 村に時々やってくる行商人の人や、立ち寄る冒険者の人。領主様から派遣されてくる役人さんとか、とにかく村の外部の人たちからそういった話を聞くことはままあった。


 近頃魔物の動きが活発だ。魔物の数が増えている。定期的に駆除しているはずの魔物が、駆除したばかりなのにもう湧いている。


 そういった話があって、俺たち三人があの日出会った魔物もそういった魔物のうちの一匹だという話で。


 でも、結局そんなのは村の中にいればあんまり実感の湧かない話で、俺達には正直言って全然関係のない話だと思っていた。


 もちろんもっと深刻な状態になったらこの村でも魔物の被害が増えて、俺たちの生活に実感として危機感を持たせられるのかもしれないけど。現状そうはなっていなかったから、本当にただ遠い世界の話として聞いていただけだった。


 それが、なんだ? エルウィンが勇者で、リリーが聖女? 魔王討伐の軌跡?


 バカも休み休み言って欲しい。


 そもそも魔王っていうのがどんなのかも俺はよく知らないけど、魔物が活発になったことと魔王が関係あるのなら、それはもう危険な存在なのだろう。放っておいたらまずいから討伐が必要なのだろう。


 それはなんとなくわかる。わかるけど、それをなんで俺の幼馴染がやらないといけないんだ? なんで俺の恋人がやらないといけないんだ?


 そんなもの、我こそは! ってやる気のあるやつを集めて、そいつらにやってもらえばいいじゃないか。なんでこんな田舎の村の子供がやらされなきゃいけないんだよ。そんなのおかしいだろ。誰がどう考えたって狂ってるだろ。


 何が「主のお導き」だ。バカじゃないのか。頭おかしいんじゃないのか。その「主」とやらはどうやらとても残念な頭をお持ちらしい。こんな田舎の村のど素人の子供捕まえて魔王とやらの討伐に向かわせるより、騎士団員とか名うての冒険者とかを向かわせた方がいいなんてそこらの幼児でもわかることがわからないらしい。その程度のど低能な知能しか持ち合わせていない「主」とやらも、それを崇め奉って崇拝して言いなりになっている教会も終わってる。本当にありえない。


 見ろよ。エルウィンなんて顔を真っ青にして震えてるじゃねぇか。そりゃそうだろ。いきなり知らんジジイから「お前は勇者だ、魔王討伐に行け」なんて言われて喜ぶわけねぇだろ。


 リリーだって泣いてんじゃねぇか。震えて俺にしがみついてんじゃねえか。


 村の人間はなんか喜んでるけど、お前らおかしいと思わねぇのかよ。エルウィンとリリーの顔見て何とも思わねぇのかよ。


 俺は思ってるよ。大いに思ってるよ。こんなの絶対おかしいって。大人が寄ってたかって子供を犠牲にするようなこと言って喜んで。みんな狂ってるよ。


「なんだよ! こんなの絶対おかしいだろっ!」


 だから俺は声を上げた。


 震えてるエルウィンの首根っこ捕まえて俺の方に寄せて、リリーを背に隠して。


 教会に集まってる大人に向かって叫んだ。


「この二人が勇者? 聖女? そんなの絶対間違ってる! よしんばそうだったとして、なんでこいつらが危ないことしなきゃいけないんだよ! こいつらがやりたいなんて言ったのかよ! 毎日一緒にいるけど俺はそんなこと一度たりとも聞いた事ねぇぞ! そんなことやりたい奴にやらせりゃいいだろ!」


 俺の突然の行動に、教会のやつらも村のやつらも全員ギョッとした顔になって俺の方を向いた。俺の後ろからリリーの「ケー君……」って俺を呼ぶ弱弱しい声が聞こえた。


「確かにこいつら、魔物を倒したりしたことあるけど、それだってボロボロになりながらだったんだぞ! あの時生きて帰ってきたって、お前ら泣いて喜んだんじゃねぇのかよ! それが今度は死にに行けって言ってるようなことで喜んで、お前ら全員狂ってるよ!」


 俺の横でエルウィンが「ケイ、お前……」と小さく呟いた。


 怒りで頭が真っ白になる。俺は教会に集まっている大人全員を睨みつける。


 あいつも! そいつも! そこのおっさんも! 近所のババアも! 全員おかしいだろ!


「なんだあの子供は? 急に叫びだして訳の分からないことを……」


 教会の偉そうな奴がなんか言ってるが、俺の頭には入ってこない。


 そんな俺の前に、スッと一人進み出てきた。俺はそいつの顔を見上げる。毎日家で顔を突き合わせている、黒髪黒目の感情無くなったんじゃねーかっていうような奴の顔を。


「なんだよ兄さん、何かおかしいこと言ったか――!」


 言葉の途中で頬に形容できない衝撃が走って、俺は床に叩きつけられた。


「ケー君っ!?」

「ケイ!?」


 リリーとエルウィンが俺の名前を呼ぶ声が聞こえる。


 遅れてやってくる熱く燃え滾るような頬の痛みと、じわじわと広がっていく血の味。


 そこまで来て、俺はようやく兄に殴り倒されたことを知った。


「こんなところで嫉妬か? 情けない。少し黙ってろ」

「ふざっ!?」


 兄の言葉に反応しようとしたところで、今度は蹴り飛ばされる。兄の足と自分の腹部の間に咄嗟に腕を挟んだから腹を直接蹴られたわけではないけど、それでも衝撃でしばらく息ができなくなる。


 蹴られて転がった俺に向かって兄が歩いてくる。


 なんだよ……? まだ来るのかよ……?


 なんて思いながら兄を睨みつける。エルウィンとリリーは突然のこと過ぎてその場から動けないらしい。村の大人たちは元より動く気がない。


 俺の目の前まで歩いてきた兄は俺の目の前にしゃがむと、乱暴に俺の髪の毛を掴んで無理やり顔を兄の方に向かせた。髪の毛を掴まれて引っ張られたせいで激痛が走る。


「いってぇ! 何しやがんだ!」

「少し黙ってろと言ったはずだ。……いいか?」


 後半、急に兄の声が小さくなる。目の前にいる俺にしか聞き取れない程度の声の小ささに、相変わらず髪の毛を掴まれたままで走る痛みに耐えながら兄の目を見た。


「お前の言っていることには。まったくもって度し難い」

「は……?」


 その兄の言葉に目を見開く。


 俺の言ってることに賛成……?


「だったらなんで――ッ!」


 声を上げかけたところで、空いている方の手で頬を叩かれた。クッソいてぇ……!


「だから黙ってろと言ったはずだ、何度も言わせるな。……お前の言ってることには賛成だが、如何せん俺たちはまだ子供で、あの教会のクソジジイの言っていることを覆すだけの材料が用意できない。村の連中を説得するような材料もな」


 小声で、聞き取れるぎりぎりの速さの早口で喋る兄。


「あのまま騒ぎ続ければお前、村の連中に袋叩きにされるかあのクソジジイが連れてきた教会付きの騎士に切り殺されてたぞ。いいか、何度でも言うが俺はお前の言っていることには賛成だ。だが、止める術がない」


 そこで兄は一度リリーとエルウィンを一瞥した。


「――だから、俺も着いて行く」

「……はぁ?」











 結局、豪快に俺をぶっ飛ばした兄が謝り倒し、その場は解散となった。解散と言ってもリリーとエルウィンは教会のお偉いやつらに呼びだされて何やら話をされていたし、俺の兄もそこに加わりに行っていた。


 俺は兄にぶん殴られ、その後両親にもぶん殴られ、そこで意識を失ってしまったのでその後のことは詳しくはわからない。


 ただ目覚めた時にはもうリリーたちが出発する時間で、気絶していた俺に抱き着いて泣いていたリリーを教会の人が何とか宥めすかして、最後には無理やり引きはがすような形で家から連れ出して。


「やだやだやだやだやだ! 絶対ケー君から離れたくない! ケー君いなかったら死んじゃう! 死んじゃうんだから!」


 なんて泣き喚くリリーを無理やり魔術自動車に押し込み。


「ケイ……ごめん。俺、なんにもできなくて……本当にごめん。せめて、せめてリリアンだけは絶対守るから……! だから、だからさ……!」


 なんて泣いて俺に謝ってくるエルウィンも連れて行かれて。


「一応は教会の人間にあの二人について話したが無駄だった。だが、俺が着いて行くということは了承させた。お前はあの二人が帰ってくるまで待っていろ。待つ場所は……別にこの村じゃなくていい。ここはお前には住みづらいだろう」


 そう言って兄は自分から歩いて行った。


 この村で最後まであの二人のことについて反対したのは気絶してた俺じゃなくて兄だった。


 こうして俺は、大事な幼馴染たちとたった一人の兄を手元から失ったのだった。

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