聖女と勇者
「ケー君! はいこれお昼ご飯!」
「おー、ありがとなリリー。これは俺からのお礼」
「あー! これこの間村に来た行商人さんが売ってた綺麗なお花! ……本当にいいの?」
「もちろん」
「ありがとぉ! んへへぇ~……」
俺はリリアンと付き合い始めてから、彼女のことをリリーと愛称で呼ぶようになった。彼女の家族や女の子の友達はよく彼女のことをリリーと呼んでいたけど、男でそう呼ぶのは彼女の父親を除けば俺だけだ。
彼氏である俺だけの特権だ。正直その事実だけでジジイになるまで生きていけそうなくらい嬉しい。
リリーは俺があげた花を嬉しそうにくるくると回しながらいろんな角度から眺めている。上から見下げてみたり、下から見上げてみたり、日の光に透かしてみたり。
俺があげた花は村には自生していない種類の花で、太陽のように開いた綺麗な花びらが特徴的な子供の手のひらよりも少しだけ小さいくらいの花だった。
リリーは売ってたって言うけど実は売り物じゃなくて、行商人さんがたまたま故郷から積んできたものが荷台に乗ってただけだった。
その花を見かけた瞬間俺の中にビビッと直観のようなものが迸った。あの花はリリーに似合うぞ……みたいな直観だ。だから俺は行商人の人にこっそり近づいて花を売ってもらえないか頼み込んだ。
そしたら行商人の人が俺の必死さに心を打たれたのか、俺が見た時はまだ萎れてなかったけど、あと数日もすれば萎れてしまうから、ってことでタダ同然で譲ってもらったのだ。
「んー……こうかなぁ……?」
「……? どうしたんだ、リリー?」
「こんな感じだと思うんだけどなぁ……」
相変わらず花をくるくるいろいろな方向に回しながら何事かを呟くリリー。しばらくその状態が続いて、俺はそのリリーを眺めるだけでも楽しかったんだけど、ようやくリリーが何かを掴んだのかその顔が渡した花と同じくらい綺麗に輝いた。
「こうだ!」
「お、何かわかったのか?」
俺の問いかけにリリーは得意げな顔をすると、手に持っていた花を自分の髪の毛に刺した。
そうするとその花は髪飾りのようにリリーの髪にくっついて離れなくなった。
「え、すごいなリリー。俺が渡したのってただの花だと思うんだけど、なんか髪飾りみたいになってるじゃん」
「えへへ~そうでしょそうでしょ! 花を髪飾りにする魔術をかけたんだよ! ――しかも! なんと! それだけじゃありません!」
「他にも何かあるのか……?」
ただの花が髪飾りになったってだけでもすごいのに、他にも何かあるのか?
リリーはその場でくるっと一回転すると、俺に飛び切りの笑顔を向けてきた。
「花が枯れない魔術もかけたの! だからケー君からもらったお花は一生枯れない、私の大切な髪飾りに変身しました!」
「すげー! 流石リリー!」
「えへん! ……もっといっぱい褒めてもいいんだよ?」
「リリー様! 天才魔術師! 可愛い! 俺の恋人!」
「んにゃぁあぁあぁ! ケー君ありがと大好きー!」
俺が片膝をついてリリーに拍手しながら褒めて、そんな俺にリリーが抱き着いてくる。
リリーと付き合い始めてからわりと日常と化してきたその光景を見ていたもう一人の幼馴染から、ため息とともに容赦のないツッコミが入った。
「ケイ、リリアン。バカやってないで教会行くぞ!」
「バカとは何よバカとは! エルウィンだって恋人作ればいいじゃない!」
ツッコミを入れてきたエルウィンに突っかかるリリー。そんな光景も日常になってきた。
相変わらず村の人間からの俺たちの評価は変わらないけど、俺にはリリーとエルウィンがいる。大きくなったら三人で村を出ような、なんて話もしているし、こんな村に住んでるけど俺は少しも将来に絶望なんてしていない。
三人で大きくなって、村を出て、俺とリリーは出た先で結婚なんかしたりして、エルウィンも恋人作って、そんでエルウィンの子供と俺とリリーの子供が俺達みたいな幼馴染の関係になったりして。
俺はそんな未来が訪れるんじゃないか、なんて楽観的に考えていた。
二人が「聖女」と「勇者」なんてものに選ばれるまでは――。
「主のお導きである。エンドリス村のエルウィンを『勇者』、並びに同村のリリアンを『聖女』であると認定する」
俺の希望を奪う第一声は、王都の教会の総本山からやってきたとかいう教会のお偉い人の言葉だった。
どれくらい偉い人だなんていうのはまったく興味なかったから聞いてなかったけど、なんかお付きの人を何人もぞろぞろ侍らせていたのは覚えている。
「両者はこれより王都に赴き、そこで主のお導きの元『魔王討伐』への軌跡を歩み始める。ここに古より紡がれし英雄譚の第一幕が幕を開けるのだ!」
随分と芝居がかった大仰な仕草でそんなことをのたまうそのお偉いさんは、俺からしたらしわくちゃで俺とリリーとエルウィンの仲を切り裂こうとする醜悪なジジイにしか見えなかった。
豪華な衣装に、高そうなアクセサリー。いくら着飾ったところで、その煌びやかさを圧倒的に上回る自己陶酔感。自らが歴史の証人になることへの強烈な欲求。
村唯一の教会の、無理してあつらえたであろうステンドグラスから差し込む複雑な色彩を放つ光を身に浴びるそのジジイからは、本来聖職者が持つべき静謐さとでもいうべきものが感じられなかった。見えるのは己の欲望だけ。そんなものが透けて見えてしまうのは、俺がだいぶその人を色眼鏡で見てしまっているからだろうか。
「ケー君……私、嫌だよぉ……。ケー君と離れたくないよぉ……」
ただ言えることは、青ざめて震えるエルウィンと、涙を流しながら俺に縋りつくリリーと、その二人を無視して大いに盛り上がる村の人間がクソだって言うことだけだった。
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