幼馴染で恋人の女の子

 俺がリリアンと出会ったのは、俺が物心ついてすぐの頃だった。


 まあ家が隣同士なのだから本当は生まれてすぐ出会ったりしていたのだろうけど、あいにくと赤ちゃんの頃の記憶なんて持ち合わせていないから、明確に出会った、と言えるのは物心がついてからだった。


「ケー君は頑張り屋さんだねぇ」


 それがリリアンの口癖だった。いや、これが口癖っていうのもなんだかおかしな話ではあるけど、ことあるごとに俺に言ってくるから、もう口癖みたいなものであってるだろう。


 俺は小さな頃から今まで、別に努力をしてこなかったわけではない。両親に褒められようと頑張ったこともあったし、そういうのを抜きにしても教会の勉強会で課せられる課題は真面目にこなした。兄に追いつこうと必死に勉強をした時期もある。


 残念ながらそれらの努力が実を結んで兄や幼馴染たちに追いつくといったことはなかったが、それはそれとして真面目にこなしてきた分はしっかり俺の力にはなった。


「リリアンはすごいよな。俺と同じ年なのにもう魔術が使える」

「ケー君だって魔力操作できるじゃん。魔術なんてもうあと一歩だよ!」


 周囲の大人は俺と兄や幼馴染たちとを比べたがったし、俺をどうしても下に置きたがったけど、当の幼馴染本人は俺を下に見ることはなかったし、大人たちみたいに俺と自分を比べるようなこともなかった。


「ケー君勉強教えて~」

「今何時だと思ってんだよぉ……」


 村の同年代の女の子は皆兄やエルウィンに夢中だった。


 村なんて狭いコミュニティだ。同年代の数も多くはないし、基本的に全員が顔見知りだったりする。そんな中で才能のある二人の男の子は、女の子にちやほやされるのに十分だった。


 俺に話しかけてくる女の子はだいたい兄やエルウィンが目当てで、俺自身に興味を持って話しかけてくる女の子なんてほとんどいなかった。


「これ、エルウィン君に渡しといて!」


 なんて言われて手紙を押し付けられたり、


「あなたのお兄さんに話があって……」


 なんて用事で何故か俺が呼び出されたり。


「ケー君女の子にいっぱい呼びだされて人気者だよねぇ」

「ねぇそれわかってて言ってるよね?」

「いやぁ、なんのことかわかんないなぁ?」


 そんな俺の状況で、俺自身をきっちり見てくれたのはリリアンだけだった。


 だから、俺がリリアンのことを好きになるのも当たり前の話だったんだと思う。











 俺たちがまだ大人になりきれない年齢だった頃、俺とリリアンとエルウィンで村を出て近くの森に足を踏み入れたことがあった。


 何か明確な理由があったわけじゃない。ただ、俺たち三人ともまともに村の外に出たことが無くて、ちょっとだけ村の外を冒険してみたい気持ちに駆られた。それだけだったと思う。


 近くの森は人の手入れもされているような森で、定期的に魔物の駆除も国から派遣された役人さんがこなしていたから、危険もなかった。俺たちが最初に冒険に足を踏み入れるには最適だと思ったのだ。


「エルウィン、それ持ってきて本当に大丈夫だったのか?」

「だーいじょうぶだって! 親父だって普段触ってないんだし、ちょっと持ち出したくらい気付かないって!」

「もー、後で怒られても知らないんだからねー」


 森に行くに当たって、エルウィンは冒険者の真似事がしたかったのか、家に一振りだけ置いてあったショートソードを持ち出してきていた。なんでも昔国の兵士をやっていたエルウィンの親父さんの持ち物らしい。今でも時々手入れをしているらしいが、普段は家の倉庫にしまってあるみたいだった。


 ちょっと森を歩いて帰るだけ。ほんの少し冒険気分を味わってみるだけ。だからそのショートソードの出番なんてない。


 俺たち三人ともそういった認識だった。その認識は間違ってなかったはずだった。


「お、おい……あれ、魔物だよな……?」

「エルウィン、リリアン……音をたてるなよ。静かに……あいつがいなくなるまで息をひそめてじっとするんだ……」

「う、うん……」


 軽い気持ちで入った森の中。人の出入りがあって、魔物の駆除もした後で。


 何もいないはずだった。俺たちがそれに出会うことなんてないはずだった。


 それなのに、それは俺たちの目の前にいた。


 俺たちの腰の高さくらいまでの大きさだろうか。赤黒く不気味な毛に包まれて、口からは空に向かって存在を主張するような大きな牙が生えている。口の端から垂れる涎と、日の光を反射して鈍く光る蹄。


 魔物特有の蜃気楼のように揺らめく魔力を漂わせながら、イノシシ型の魔物が俺たちの前を歩いていた。


 緊張で嫌な汗が流れる。ごくりとつばを飲み込みそうになって、その音ですら気付かれるんじゃないかと思ってすんでのところで思いとどまる。


 不幸中の幸いというべきか、俺たちは目の前の魔物よりも先に相手の存在に気付いたから、慌てて近くの草の中に身を隠してじっと息をひそめた。


 俺たちは冒険者でも騎士でもない。当然魔物のことなんて何も知らないから、今目の前にいるあの魔物のこともわからない。でも、子供である俺たちがまともにあいつの前に立ったらダメなことだけはわかる。


 だから、あいつがいなくなるまでやり過ごさなければいけない。息をひそめて、草に同化するように。


 じっと目を離さずに魔物を見つめる。異様な見た目以外は野生の動物と同じように見える。でも、俺達にとっては野生のイノシシだって普通に危ない。それが魔物なら猶更だ。


 どれくらいの時間が経っただろうか。永遠にも感じられるような時間だった。昼過ぎに森に入って、気分的にはもう夜になったくらいの疲れだった。実際にはまだまだ日は高く昇ってて、全然時間が経ってないことは明白だったけど、俺達にはそんなことを気にしてる余裕なんてなかった。


 魔物がのそのそと歩いて、その場を離れ始めた。あと少し我慢すれば完全に魔物の警戒範囲から外れて一息つける。あともう少しの辛抱だ……!


 緩みそうになる気を必死に引き締める。でも、当然だけど気を引き締められるのは自分一人だけで。


 魔物が離れ始めたことで気が緩みそうになったのは俺一人じゃなくて、気を引き締められたのは俺一人だけだった。


 つまるところ、俺の両隣の二人の気が緩んで音をたててしまった。


 野生の動物は音に敏感だ。そうでなければ生き残れない。だから、人間なら聞き逃しそうなかすかな音でも聞き漏らしたりはしない。


 それからのことははっきりとは覚えていない。


 ぐるりと俺たちの方を向いた魔物。俺はリリアンをかばって一歩前に出たと思う。


 魔物は魔力を使っているのか、助走もなしにいきなりトップスピードで俺たちに突っ込んできた。


「エルウィン! 剣!」


 それだけ叫んで、咄嗟に魔力を操作して腕に集めて。


 交差した腕に魔物が突っ込んできて吹き飛ばされたところで、俺の記憶は途切れていた。











 次に目覚めた時には自宅の寝床で寝かされていた。両腕がめちゃくちゃ痛くて泣きそうだった。


 あの後、エルウィンとリリアンが協力して何とか魔物を倒したらしい。エルウィンは自分もボロボロになりながらも、魔物の突進を受けて気絶した俺を背負って村まで戻った。


 それで、二人は勝手に村を出たこととか、魔物と戦ったこととかをめちゃくちゃ怒られたらしい。教会で治療をしてもらいながら、同時に説教も受けていたとか。それから、よく無事だったと両親や村の人から泣かれたと聞かされた。


 それに比べて、俺はというと。


 目が覚めてから両親にお小言をちくっと言われた。兄から「馬鹿なことをしたな。反省するんだな」というありがたいお言葉を頂戴した。まあ正直今回に関してはぐうの音も出なかったから素直に頷いておいた。


 それから、村の中では何故か俺が二人を連れ出したということになっていた。エルウィンとリリアンは二人そろって「違う! 三人で一緒に行ったんだ! ケイが俺たちを連れ出したんじゃない!」って反論してくれたけど、大人の中ではもうそういうことになってしまっていたから、今更だった。


 だから、俺が目覚めて心配してくれたのは、リリアンとエルウィンだけだった。


 そのことについて、俺が何かを言うことはない。当然不満はあるけど村から勝手に出たのは俺達で、今回明らかに非があるのは俺たちなのだ。俺はもう村の人間に期待なんて欠片もしていないから、何を言われてもかまわなかった。


 そんなことよりもよっぽど大事なことが起こったしな!


「ケー君!」


 俺が目を覚ましてから数日。真剣な顔をしたリリアンに呼びだされた俺は、唐突にリリアンから抱き着かれた。


「ケー君……! あの、あのね……! この間、魔物と出会った時私のことを守ってくれてとっても嬉しかった! でも、でもね……! それ以上に、ケー君が死んじゃうんじゃないかって、それがとってもとっても怖かった!」

「リリアン……」

「私が悪かったのはわかってるの。こんなこと言う資格無いのかもしれない。でも、ケー君がいなくなっちゃうかもって、そんな可能性があるなんて考えたことも無かったから……だから、伝えさせて欲しいの」


 俺を抱きしめていた腕を離して、一歩俺から距離をとるリリアン。リリアンの顔が全て視界に入って、そこでリリアンが泣きそうになっていることに初めて気づいた。


「私、ケー君のことが好きです。だから、私とお付き合いしてください――!」


 こうして俺に、幼馴染の恋人ができたのだった。

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