第25話 襲撃の理由

 狙撃した男の正確な位置は分からないが、街道の多気方面から撃たれたことだけは把握する。

「さあ、起きてください」

 伸之介は下手人の男を助け起こすとそれとは逆の方向を指さした。

「あなたに死んでほしいという人たちがいるんです。事情は後で。とりあえず今は走って」


 言われるがままに下手人の男はもと来た道を走り始める。

 伸之介は放り投げていた短筒を拾い上げると、馬の背に跨った。

 男の後ろを進みながら、あまりに間が抜けているというか素直な男のことに呆れている。

 ただ、呆れながらも上手く位置取りをして想定される射線から男の姿を隠した。


 短筒でもより銃身の長い銃でも筒口から弾を装填することには変わりがない。

 このため一度発射すると連続で撃つことは構造的に不可能だった。

 再装填するためには立ち止まって行う必要があり、標的に移動されてしまうともはや再度の射撃は難しい。


 先ほど最初に下手人の横顔を確認した地点を通り過ぎると多気方面からは見えなくなり、伸之介は男を急かすのを止めた。

 手拭いを取り出して刀の血のりをふき取ると鞘に納める。

 それを見て下手人の男も手にしたままだった脇差を鞘に戻した。


 伸之介が男に事情を説明すると首を振る。

「いえ、私は蜂矢藩とはなんの縁もゆかりもありません。私を利用してそのような企みをするとはなんと悪賢い者がいるのだろう」

 すっかり伸之介に気を許してしまっている男は人が良すぎるとは思ったが口には出さない。


「では私の同行者はいずれ私を亡き者にする役目を帯びていたというのですね」

「あくまで推測だけど。それでも仲間が色々な邪魔をされたのは間違いないよ」

「私はそんな破落戸を雇ったりはしていません」

「だろうね。そういうことはしそうにない。というか、人が良すぎてそういうことを企むのは無理な気がする」


「それで、私は今後どうなるのでしょうか?」

「それよりも聞きたいのだけど、逃れてその後どうするつもりだったの?」

「ほとぼりが冷めたらまたいずれ狙うつもりでした」

「そうか。この際だから、仇の名前とどういう関係なのかしゃべっちゃわない?」


 下手人はしばらく考えていたが、煩悶とした挙句にぽつぽつと話し出した。

「仇は松本三太夫と言います。酒に酔って往来で若い娘に白昼堂々戯れ、私の妻のお菊に窘められて激昂し斬殺して逃亡しました。三太夫は兄の伝手を頼って御所に出仕したようです」


「ええと、あなたのお名前は?」

「私のしたことは大罪なのでしょう? 国元に母を残しています。累が及ぶのを避けたいので、それはご容赦いただけませんか?」

「じゃあ、話しにくいから、適当に名乗ってよ」

「では名無しで」


「名無しさんの話が本当だという証拠はある?」

「残念ながら、私の話を裏付けるものはないです。浪人でしたし、殺されたのが妻なので、先ほど話をしたとおり敵討ち免状はありませんし」

「名無しさん。僕の目を見てくれる?」


 名無しは馬上の伸之介を見上げる。

 伸之介は先ほど刀を抜いたときのように厳しい顔になって殺気を迸らせた。

 名無しはその視線を愚直に受け止める。

 しばらくその姿勢でいた伸之介はふいと目を逸らした。

「もういいよ」


 再び歩き始めた名無しに伸之介は考え考え言う。

「僕には名無しさんの処遇を決める権限はない。だけど、兄上に話をすればなんとか考えてくれると思う。でも、やっぱり御所を襲った罪は罪として裁かれるかもしれない。いや、その方が可能性は高いと思う」

「そうですか」


「その奥さんを三太夫が殺めた事件がどこであったのか教えてくれないかな。少なくとも事実を確認することができるし、三太夫の罪を問えるかもしれない」

「私のためにそこまでしてくださるというのですか? 私は御所のところで伸之介さんを撃ったというのに?」


「まあ、僕には当たってないから。同僚も一命はとりとめたしね。それを言うなら僕はさっき名無しさんに当てちゃったよ。それで、なんていうかさ、僕にだって親しい人がいるし、その人に何かあれば仇は取りたいという気持ちは分かるよ。少なくとも、他人の敵討ちに便乗して世の中に騒乱を引き起こそうというよりはね」


 名無しは顔を綻ばせた。

「先ほど、私のことをお人好しと言いましたけど、伸之介さんも人のことは言えませんね。私は相州牢人鈴木甚内と申します。事件が起きたのは駿府の町でのことです」

「分かりました。お名前と事件が起きた場所のことは内密にしておきます」


 そこへ前方からえいほ、えいほという声が聞こえてくる。

 一丁の駕籠がこちらに向けてやってきていた。

 駕籠かきと駕籠に見覚えがある。

 伸之介は思わず顔つきが厳しくなっていた。


 それに気づいた甚内が声をかけてくる。

「どうかしましたか?」

「あの駕籠は僕の兄上を邪魔した奴らです。どうやら、僕のことを追いかけてきたようですね」


 唇を噛みながら伸之介は甚内に道の脇で難を避けるように言いつけた。

「すぐに終わらせますから待っていてください」

「私も助太刀しますよ」

「刀が抜けないでしょう。大丈夫です」

 馬を駕籠に向かってゆっくりと進める。

 伸之介の顔を認識したのか、前側の駕籠かきが怯えた表情になり、少し離れたところで足を止めた。

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