第24話 銃撃

 馬の背で伸之介は短筒を右手で引き抜く。

 3人組の手前で手綱を引き絞った。

 馬上から伸之介は御所襲撃の下手人に向かって短筒の引き金を引く。

 元長に言われたように手を真っすぐ伸ばしていたために発射によるぶれは生じず、弾は下手人の右肩に命中した。


 伸之介は拳銃を放り投げながら、素早く下馬すると腰の刀を引き抜く。

 相手に向かって大きく跳躍しながら刀を八双に構えると袈裟懸けに斬った。

 追っ手ではないと言われて心が緩んでいたこともあり、また護るべき男がいきなり撃たれたことに混乱し、伸之介が斬りかかった男はなすすべもなく血煙をあげて倒れる。


 もう一人の護衛は反射的に飛び退って距離を取ると刀を抜いた。

 正眼に構えるがいきなり撃たれ、仲間を斬られたことによる動揺が刃筋に現われてしまっている。

 腕を見込まれてこの役目につけられていたが、機先を制されたことは大きかった。


 本来なら同僚を斬って態勢が崩れた伸之介に肉薄して斬りつけるべきところだったが、刀を抜くのがやっとである。

 その点、仲間3人の犠牲によりこの場に至った伸之介は覚悟が違った。

 仲間の仇とも思っており、斬り捨てることにためらいがない。

 相貌もいつもの可愛らしさは影を潜めて剣士の顔となっている。


 伸之介は1人目を斬ったことで右肩を相手に晒していたが、すぐに左脚を前に出した。

 敢えて晒しているのだが、相手はその誘いに乗る。

 振りかぶった刀を振り下ろしてくるのに合わせて自らの刀を振り下ろした。

 キンと金属同士がぶつかる音が響く。


 相手の刃を上から抑えるようにして刀をすり下ろすと、刃の向きを変えて下から上えと斜めに斬り上げた。

 この間、果敢にも右脚は相手に向かって踏み込んでいる。

 もう1人の護衛はのけぞり刀を引いて受けようとするも間に合わず、喉を存分に斬り裂かれてしまった。


 ぶつっと琴の弦をまとめて切ったような音が響いて、血潮が激しくまき散らされる。

 相手の左脇を抜けるようにさらに踏み込んだ伸之介は返り血を避けた。

 どうと前のめりに倒れる男の背中を回るようにして、右肩を押さえる最後の男に向かって肉薄する。


 御所襲撃の下手人は右手をだらりと下げていた。

 肩の付け根を撃たれており鯉口を斬った刀はまだ鞘の中に入ったままである。

 それでも動かぬ右手の代わりに左手で脇差を抜いて逆手に構えていた。

 自分の目の前にいる子供が御所の門のところで侵入を阻んだ衛士と同一人物をいうことに気が付いている。


「お前……、あのときの。わざわざ門番がこんなところまで追ってきたのか?」

「そうだね」

「なぜ、罪もないこの2人を斬った? 私と一緒に旅をしていただけだぞ」

「おじさんはそう思ってるんだ。大逆の罪を犯す割にはお人好しなんだね」

「なんだと?」


 伸之介は下手人の男と話をしながら、倒した2人の気配を探った。

 首筋を斬った方は間違いなく絶命しており、最初に斬り下げた男もぴくりとも動かない。

 この場に脅威はないと判断して表情を緩める。


「そのことを話す前に、なんで御所を襲撃しようとしたか理由を聞かせてよ」

「お前には関りがないことだ」

「そうなんだけどね。じゃあさ、この2人に罪はないって話だけど、おじさんは天下の大逆人ってことになっているんだよ。その逃亡を助けたら罪人だよね」


「私が何をしたのか知らないんだ。たまたま知り合って意気投合し、私に行く当てがないと聞いていい場所があるからと連れていってくれていただけだ」

 伸之介はため息をついた。

「何かおかしいと思わないの? 普通は初対面の相手にそこまでしないよね」


「それぐらい親切だったという……」

「ないない。今上陛下を害そうという割には間が抜けているというか」

「先ほどからなんだ。大逆人とか陛下を害そうとか。私にそんなつもりはないぞ」

「おじさんはね、今上陛下を害そうとするために御所に侵入しようとした重罪人なんだけど。まさか、御所を襲って罪に問われないとか思ってる?」


「そんな。私は御所勤めの役人に遺恨がある。私が様子を窺っているのに気が付いて御所の外に出てこないから仕方なく踏み込んで斬ろうとしただけだ」

「そうだとしても御所を襲うのはかなり重い罪だよ。間違いなく死罪。その逃亡を助けようとしたんだから、この2人は仮に僕が斬らなかったとしても、相当な罪に問われることになったと思うよ」


「そうなのか……」

「おじさん、どこの田舎から出てきたのさ。乱世ならいざしらず、この太平の世で御所に乱入したら死罪になることぐらい分かるでしょ?」

「仇が討てれば私の身はどうなっても良かった。敵討ちの免状は所持していないので、なんらかの罪に問われるとは思っていたが、そこまでの重い罪に問われるとは思っていなかった」


 伸之介は左手で頭をぽりぽりと掻く。

「なんていうか、人騒がせだね。おじさんの敵討ちのために僕と同僚も殺そうとしてたでしょ?」

「いや、短筒は脅すためで、撃つつもりはなかったんだ。一緒に同行した男が急に撃つものだからつい私も……」

 その瞬間遠くでドンという鈍い音がした。

 伸之介は下手人の男を突き飛ばして地面に転がす。

 首の後ろを弾が通過する風切音がして、伸之介は狙撃元を視線で探った。

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