第23話 追う者、追われる者

 後ろから馬を進めていた伸之介は元長の左右の手に短筒が手妻のように現れ、撃ち放すのを見る。

 その銃声が消えると同時に少し離れたところから再度銃声がして、元長の乗馬が倒れるのを目撃した。


「俺にかまうな」

 元長の声に伸之介は乗馬のたてがみを撫で元長の馬を飛び越えさせる。

「はいよ。いけっ!」

 この2日間ですっかり伸之介に懐いていた馬は指示に従って45度もあろうかという急な崖に挑んだ。


 ざざっと滑り落ちそうになりながらも、馬は駕籠が邪魔している場所を通り抜けて街道に戻る。

 銃声がさらに2発聞こえた。

 伸之介はぴたりと馬の背に伏せてそのまま馬を走らせる。

 後ろから撃たれることを警戒しての行動であったが伸之介の方には弾は飛んでこなかった。


 伸之介は体を起こす。

 4人で京の都を出立したのに、今では1人になっていた。

 何者かは知らないが元長の予想した通りに数々の妨害を仕掛けてきている。

 それは元長の推論が正しいということを示していた。


 破落戸に喧嘩を売られた久太郎は大丈夫だろうか。

 あの程度の連中に後れを取るはずはないが、結局久太郎は昨夜のうちに追いついてこなかった。

 今朝かた発砲音がして後に置き去りにした伴左衛門も心配である。

 怪我をしていなければいいのだけど。


 そして、つい先ほど駕籠の中にいた者に狙撃された元長は、声の調子から本人に弾は当たっていないと思われる。

 それでも、落馬の際に怪我をしなかったかが気になった。

 個人的にも色々と世話になっている仲間が1人また1人と欠けていっていることに心が乱れる。

 ただ、伸之介はその感傷に浸るよりも責任の重さを実感していた。


 十分に距離を取ると伸之介は疾駆させていた馬の脚を緩める。

 先ほどの襲撃は前の2回と比べて明らかになり振り構わないものだった。

 第3者による偶発事故を装うことすらしていない。

 恐らくそれだけ下手人に近くなってきているからこその行動だと思われる。


 その想像が正しいならば、下手人一行は徒歩なのに対して伸之介は馬に乗っているので、間もなく追いつくはずだった。

 その際の懸念材料はこちらは1人に対して向こうは3人であることである。

 少なくとも清所門でやりあった男の技量は分かっていた。

 次に刀を交えても伸之介は負ける気はしない。


 問題は2人の護衛である。

 伸之介は剣の腕に自信があるだけに3人を同時に相手取る愚は十分に分かっていた。

 しかも面倒なのはいざとなれば護衛は処刑人に役割を変えることである。


 生きたまま下手人を蜂矢家の領内まで連れて行くのが理想ではあるが、この場所まで来れば口さがない都雀の好奇心をかきたてるのに十分であった。

 となれば下手人に余計なことをしゃべられないように口を封じようとするだろう。

 護衛の1人目と戦う際に早く決着をつけないと、状況が不利となれば下手人を殺されてしまうことが想像できた。


 下手人もそれなりの腕ではあるが他に気を取られている時に後ろから襲われればなすすべもないだろう。

 伸之介はゆっくりと馬を走らせながら、最適手を考えるがいい知恵は浮かばない。

 しばらくして伸之介は考えるのをやめる。


 相手のある話であり、いくら場面を想定しても先方がその通りに動くとは限らないので限界があった。

 とりあえず、追いついたら当たるかは分からないが短筒を撃つことだけは決める。

 短筒を抜くと火皿の蓋を開けて点火薬を入れ蓋を閉じた。

 撃鉄を引き上げてカチリと音をさせるとホルスターに戻す。


 馬を走らせていくと、やがて侍姿の3人組の姿が目に入った。

 真ん中の男の背格好には見覚えがある気がするがさすがに確証は持てない。

 不審に思われない程度の速度で近づいていく。

 曲がりくねった山道はときに3人組の姿を隠し、次の角では姿が明らかになった。

 深く切り込んだ崖にさしかかる。


 別の男が前方を指さし御所襲撃犯と背格好が似た男の横顔が伸之介の視線に晒された。

 あの顔はまず間違いない。

 反射的に伸之介は手綱を前に振って馬の脚を急がせた。


 3人組の1番谷側にいた男が、谷の向かいで馬に乗る伸之介の姿を目に捕らえる。

 その男はまさに御所襲撃犯を護送するために遣わされた者だった。

 馬で自分たちを追ってくる姿に一瞬体を強ばらせる。

 しかし、目に入ったのはまだ幼いと言っていい平服の子供であった。


 護衛の男には追跡してくるのは狩衣姿の検非違使だという思い込みがある。

 伸之介のことを全く関係のない者だと認識して警戒の外に置いてしまった。

「馬蹄の音がする」

 そう訝りすぐ横に寄ってきた同僚の発言に対して自分の見たことを説明する。


「まだ加冠前の子供だったよ。そう神経を張り詰めることはない」

 その言葉は安心感を与えることになった。

「なんだ驚かせるぜ」

「まあ、まだ目的地まで距離があるはずだ。こんなに早く追っ手が来るはずもなかろうよ。そこまで……」


 何の話をしているのかと下手人の男は後ろを振り返る。

 馬が自分たちに向かって疾走してくるのが見えるが、馬の顔が邪魔になって騎乗している者の顔は見えない。

 ただ、加冠前の子供というのが引っかかる。

 御所の外で自分と対峙した衛士の見た目がとても若い者だったことを思い出して、いつでも刀が抜けるように鯉口を切った。


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