第22話 続く妨害

 夜半に宿の下男が手持ち提灯を手に足音を忍ばせて厩に入ってくる。

 ぼんやりとした明かりの中に厩の中を見回す緊張した顔が浮かび上がった。

 自分たちの馬の方へと進んでくるのを伸之介は静かに梁の上から見守る。

 あと3歩というところまで近づいたところで声をかけた。

「ねえ、おじさん、何をしているの?」

 下男は文字通り飛び上がる。


 ぎょっとする下男の鼻の先に伸之介は軽やかに飛び降りた。

「こんな夜更けに何の用事?」

「あ、あ……。大事なお客さんからの預かりものに異常がないか見にきただけで……」


「ふーん。随分と仕事熱心なんだね。感心しちゃった。でも、僕が見張っているからもう帰っていいよ」

「それはどうも。失礼しました」

 へどもどしながら下男は厩を出ていく。


 捕まえて何を隠しているか身体検査をした方が良かったかな?

 そんなことを考えながら伸之介はまた梁の上に戻った。

 その後朝まで怪しい動きはなく伸之介は不安定な場所なりに眠ることができる。

 夜が明け鶏が朝を告げると伸之介は起き出して体の強ばりをほぐした。

 しばらくすると荷を持った元長がやってくる。


「おはよう、伸之介。昨夜は大儀だったな」

「いえ、1晩ぐらいならへっちゃらです。それに予想通りというか深更に下男がやってきましたし」

「なに? 捕らえなかったのか?」


「本人は見回りだと言ってましたし、どうせ金欲しさに引き受けた小者です。締めあげたところで時間の無駄ですよ。騒ぎになってお二人の目を覚まさせるのも忍びがたかったので」

「そうか。気遣いはありがたい。お陰で良く眠れたよ。いま、伴左衛門が帳場に宿泊代を払いにいっている。戻ったら出発しよう」


 その時、主屋の方で争う声が聞こえた。

「贋金使いだっ! お役人様を!」

 そして何やら物が壊れる音がする。

 パン。

 パン。

 2度発砲音が響いた。

「うわっ 撃たれた!」


 その悲鳴に伸之介の顔色が変わる。

 元長は伸之介の腕を安心させようと軽く叩いた。

「行こう。あれは伴左衛門の声じゃない」

 馬柵を上げて元長は騎乗し、伸之介も1拍遅れて馬に跨がる。


 厩を出て駆けだすと路上には棒を持った捕り手が複数いたが、2人は馬腹を蹴ってその頭上を乗り越えた。

 捕り手は銃声に腰が引けており、馬を止めるどころか叫び声をあげて自ら地面に転がっている。


 捕り手たちが悪態をつきながら立ちあがったときには、元長たちは土煙をあげてかなり先の方まで走り去っていた。

 駒を並べて走りながら伸之介は不安そうな顔をする。

 元長は横を見て視線を前に戻すと伸之介を慰めた。


「心配するな。伴左衛門は立ち回りをよく心得ている。無理はしないし、いざとなったら投降するさ」

「撃たれていなければいいのですが」

「あの発砲音は短筒によるものだ。種子島ならいざ知らず、当たったとしても針で刺されて程度にしか感じないだろうよ。そうだ」


 元長は後方を振り返って追っ手が居ないことを確認すると馬を止めて降りる。

 鞍の後ろに振り分けて吊り下げていた荷物を探ると短筒取り出した。

「こいつは予備の短筒だ。少し旧式だが伸之介も持っておけ」

 馬から降りた伸之介に手短に撃ち方を説明すると革のホルスターを右腰につけてやる。

 伸之介は困惑した顔をした。


「いきなり撃っても当たる気がしないです」

「なに。当たる距離で撃てば当たるさ。それに持っているだけで伸之介と対峙する相手を威圧できるからな」

 慣れない短筒の重みにホルスターの位置を調整していた伸之介はようやく納得する場所を見つける。


 それから再び2人は馬に乗って出発した。

「この先、まだ妨害があるだろう。何かあったら俺を置いていけ。伸之介がついてこれないようなら俺も置いていく」

「分かりました。下手人の確保が最優先ですね」

「置いていった2人に顔向けできるように頑張らねばな」

「はい」


 途中の店で腹ごしらえをして半刻もしないうちに、新たな障害が発生する。

 緩くだらだらと続く登り坂の先に駕籠の1団が見えた。

 2人が馬を走らせていき近づくと駕籠は変な動きをする。

 最後尾の駕籠は左に寄せるのだがその前の駕籠は真ん中に、先頭は右に位置取るので追い抜くことができない。


「えいほ、えいほ」

 掛け声をかけながら走っている駕籠かき人足は片側が崖となっている坂道で辛そうにしていた。

 馬の速度を並足にしながら元長は人足に声をかける。

「悪いが役儀で急ぐ。道を空けてくれんか?」


「ほーい」

 そう返事をして最後尾の人足は前を行く同僚に叫んだ。

「道を空けろ。左に寄せるんだ」

 前をいく駕籠はふらふらしながらも道の左に寄ろうとする。


 しかし、なかなか駕籠は安定せず、なかなか馬が通れるほどの空間ができない。

 元長は呆れた声を出した。

「おい。いつまで道を塞ぐつもりだ。一度駕籠を止めればいいだろう」

「おーい。駕籠を止めろとの仰せだ」


 その声がかかると今までの足並みが嘘のように機敏に道に散開して駕籠を下ろす。

 地面に降ろされた駕籠の中からにゅっと手が出てきた。

 その手には単筒が握られている。

 パン、パン。

 少し遅れてまた銃声が響き、元長の乗った馬がどうと倒れた。



 

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