第21話 思惑と布石

 馬を駆けさせながら伸之介は質問する。

「久太郎は大丈夫でしょうか?」

「大丈夫、大丈夫。あんな奴らが100人いたって敵わないよ。私もあの状態の久太郎を押さえるのは無理だし」

 伴左衛門はお気楽に答えた。


 それに元長も応じる。

「博徒や渡世人をかき集めたんだろうが気の毒に。当面食事にも苦労するだろうな」

「無頼の者に負けるとは思いませんが、役人が来ても大丈夫でしょうか?」

「怪我をさせたりしたら補償はせんといかんだろうなあ。それも、どこで久太郎が正気に戻るか次第だな」


「随分と慣れた感じですが、前にもあったんですか?」

「うん、まあな」

 元長が言葉を濁すので、伸之介が伴左衛門を見ると遠い目をした。

 どうも語りたくはないらしいと判断してそれ以上の追及はやめることにする。


 振り返り振り返りする伸之介を見て元長が慰めた。

「さっさと下手人を捕らえて久太郎も引き取りに行こう」

 その日は宇陀にある旅籠で一泊した。

 伸之介は部屋にも上がらず厩舎に泊まると主張する。


「足止めするなら馬を狙うでしょう。私が見張ります」

「いや、そういうことなら俺たちも」

「大丈夫です。僕が1番若いですから。全員が寝不足ではいざというときに後れを取ります」

「いや、俺も心配されるほど年寄りじゃないぞ」

 元長はそう言ったが、伴左衛門の取りなしもあって最終的には承諾した。


 ***


 そんなやりとりが行われている少し前のこと、某所で部下の報告を受ける男がいる。

 その顔を見たら伸之介は何か言いたくなったかもしれない。

 堺の町で伸之介といざこざになった男だった。

「御前。野良犬4匹のうち3匹には逃れられたそうです」


「で、その野良犬一匹捕らえるのにどれだけ被害が出た?」

「最初は10人ほどで挑みましたが全く歯が立たず、結局は黒羽組で動けるもの全員出張ることになり、60人強の全員がのされたようです。今井藩の役人が駆けつけて説得にあたり何とか投降させようと包囲しているとのことでした」

「なんだ。まだ捕らえていないのか」


 久太郎の格好から検非違使ということは知れたし、目撃者の証言からも破落戸の黒羽組が喧嘩を売りにいって手痛い目をみたというのは明らかである。

 それだけでも捕縛するのはためらわれたが、実は今井藩の藩主は上位の官位に叙任されるべく運動中という事情もあった。

 そんな最中に形式的とはいえ今上陛下に近い中納言を長と仰ぐ検非違使と事を構えたくない。

 粗略に扱うなと今井藩の藩主から指示がでていた。


 さすがにそんな事情までは黒幕の男も知らない。

「幕府の藩屏たる立場というのにまったく役に立たぬな。まあ、譜代の大名が腰抜けというのは大局的にみればありがたいことではあるか。まあいい。その野良犬は捨ておけ。結果的に今井の町に足止めになっている」


「かしこまりました。しかし、逃れた連中も仲間を助けようともせず、さっさと立ち去ったとか。これはそれほど心配しなくても良いかもしれませんな」

「たわけ者が。残したものが一人でも問題ないと確信しての行動と分からぬか。そのうえで任務を優先するという判断をしている。容易ならざる相手ぞ。そもそも行き先に迷うと踏んだのに、伊勢本街道を進むと即断しているのだ」


「単なる偶然ではありませんか。まさか我らのことが露見したとも思えません。ただ、その危険性があるならばここで手を引くというのも」

「ではこの企てを中断した方が良いというのか?」

「なにぶんにも急ぎの仕掛けですので、やむを得ないかと。また次の機会もありますし」


「そうだな。しかし、完全に放棄するのも惜しい。あの男はもうすぐ御杖か。今井と多気の中間ぐらいだな。当初の想定より多気から少々遠いがまあいいだろう。早馬を3騎出せ。あの男を急がせると共に、野良犬たちの邪魔をするのだ。少々手荒な真似をしてもかまわん」


「短筒を使用しても?」

「従来出回っているものならな。蜂矢家の蔵から横流ししたのも混ざっているのだろう?」

「御意。では、早速手配いたします。では御免」


 部下が出ていったのを見送ると、男はやれやれと首を振る。

 忠誠心は確かだが能力的には頭脳も胆力もまだまだ足りない。

 破落戸相手とはいえ60人をなぎ倒したという男のことを考えた。

 そういう男を麾下に加えることができたなら、自分がやろうとしていることはずっとたやすくなるだろう。


 自分自身も家柄で今の地位に就いていることは自覚していたが、周囲があまりに血筋がいいだけの者が多すぎることに辟易している。

 策を看破したものもいるらしいことに、苛立ちを覚えつつも、ようやく対等な敵手に巡り会えたという喜びも感じていた。

 今後のことを考えれば葬り去ることが最善手ではあると考える一方で、自らの配下としてみたいという欲も感じている。


 男の脳裏に堺の町で出会った少年の顔が浮かんだ。

 黒羽組を1人で壊滅させた男と戦わせてみたらどうなるだろうか?

 そんな愚にもつかない想像をする。

 あのとき、声をかけて取りこんでおくべきだったかもしれない。

 軽く後悔をする男はまだ野良犬3匹の中にその少年が含まれていることを知らなかった。


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