第19話 兄弟

 翌朝、といっても伸之介が眠りについてまだ2刻ほどしか経っていない早朝に、元長たち4人は馬上の人となっている。

 ようやく空が白んできた早朝の京の町を抜け、淀川を越えた。

 それほど馬の脚を急がせてはおらず、馬上で会話をする余裕がある。


「伸之介さん。昨夜は寝つきがよかったな。検非違使の素質かあるぞ」

「その2つになんの関係があるのでしょうか?」

「事件の捜査をしていると興奮してなかなか寝られなくなるものなんだ。だが、寝不足は隙や集中力の欠如を生み、誤った判断や怪我につながる。いい衛士は良く寝る衛士なのさ」


「そうなんですか。皆さんも寝つきはいいんですね」

 元長は苦笑した。

「それがそうもいかなくてな。伴左衛門は酒か女がないと寝れないらしいぞ」

「それをいうなら兄上もいつまでも灯火を消さないと守り役に注意されているんじゃなかったでしたっけ?」

「という感じなんだ。3人の中で1番優秀なのは久太郎だよ」


 褒められて久太郎は背を伸ばす。

「伸之介さんには負けますけどね」

「褒められてもあまり嬉しくないですね」

「いやいや、本当に立派だって」

 そんな話をしながら南へと進んで行った。


 緊張感はなく若い公達が遠乗りにでも出かけている風情である。

 日が昇り道沿いの町屋がまばらになってくると、走る速度を上げた。

 宇治を過ぎた辺りで辻売りのおやじが言っていたと思われる茶店が見つかる。

「まあ、店はあったわけか」

 元長はそう言って馬を柵につないだ。


 1度に4人が入ると驚かせるということで、代表して伴左衛門が店の中に入る。

 茶店の主らしい女性が顔を綻ばせた。

「いらっしゃいませ。まあ、役者のようにいい男。何になさいますか?」

 伴左衛門は軒先にぶら下がる瓢箪に目をやる。

 瓢箪は酒も出すということを示していた。

 酒を頼みたいところだが、この先何があるか分からない。


「団子を4皿もらおうか」

「はい。ありがとうございます」

 そこで狩衣の前身頃から人相書きを取り出した。

「この者に見覚えはないか?」

 おかみは首を捻る。


「3日、いや4日前に酒を飲んでいたはずだ」

「ああ、言われてみると3人ずれのお武家様の1人に似てますね。他の2人は召し上がらず、この方だけが2本飲まれました」

「どっちに行った?」

「歩きで南へと向かわれました。何かされたんですか?」

「いや、大したことじゃない。それでは団子を頼む」


 伴左衛門は店先の床机に腰掛ける3人のところに戻ると手短に説明をした。

 おかみが団子を運んでくる。

 4人は醤油をつけて焼いた団子を食べながら検討をした。

「しかし、結果的にあのおやじは本当のことを言っていたということか?」


「兄上、そういうことになりますね。ということは久太郎の舌が間違っていたのかもしれません」

「いや、俺は間違ってないですよ。あれは絶対に桔梗屋のものです」

 言い争いが始まりそうなところへ伸之介が割って入る。

「一緒に居たという2人は誰なのでしょうか? 下手人に仲間がいた?」

 

「伸之助さんはどう思う? 直接刃を交えた者ならではの感覚があると思うが」

 元長に問われた伸之介は手にした団子の串を見ながら記憶をたどった。

「あの目は一匹狼のものです。仲間がいるようには見えませんでした。元長さんたち3人の誰かが1人でいるときでも、それは単にその時に1人というだけで孤独は感じさせません。でも、あの男は違います」


 元長はふっと笑う。

「なるほどな。言いたいことは分かった。となると、一緒にいた2人は仲間ではない、ということになるかな」

 伴左衛門が別の視点を提供した。


「それにしても、追っ手がかかっていることは分かっているだろうにのんびり飲みますかね。まあ、飲まなきゃやってられないというときもありますが、酒は楽しく飲むべきでしょう」

 後半は伴左衛門の酒飲みとしての姿勢の話になったが、前半は理にかなっている。

「なるほどな。伴左衛門が言うと含蓄がある。ふうむ」


 目をつぶって考え始めた元長を見て久太郎は伸之介に尋ねた。

「伸之助さん。餡団子もあるようですよ。いかがですか?」

「いいですね」

 久太郎はおかみを呼んで3本頼む。

 おかみが去ると伸之介は少しためらいをみせた後に切りだした。


「できればこれからは伸之介と呼んで欲しいです」

 そこへおかみが団子の皿と湯呑みを運んでくる。

 湯呑みには色が薄いが茶が入っていて、皿には団子が4本乗っていた。

「甘いのは得意じゃないのかもしれないが1本はおまけだよ」


 久太郎は皿を持ち上げると伸之介に差し出す。

「お先にどうぞ。伸之介」

 伸之介はにぱと笑った。

「ありがとう。久太郎さん」

「俺も久太郎で」


 その様子を見ていた伴左衛門も参戦する。

「私も伴左衛門で頼むよ。伸之介」

「はい!」

 嬉しそうに返事をすると元長が目を開けた。


「ん? どうした?」

「これからは伸之介と呼ぶことにしたという話です。それから、兄上も追加の団子をどうぞ」

「ああ、悪いな」

 1本取ると1口かじる。


「それじゃ、俺のことも元長と呼んでくれと言いたいところだが、そうもいかんだろうな」

「それじゃあ、兄上ということでどうです?」

 伴左衛門が提案すると久太郎もうんうんと頷いた。


「まあ、俺もそれで構わないが、伸之介さんの気持ちも……」

「兄上」

「ああ、伸之介の気持ちもあるだろう?」

 伸之介は顔を輝かせながら、おずおずと尋ねる。


「僕は嬉しいですけどいいのですか?」

「いずれ機会があればと思ってはいたんだ。唐土の話に3人で義兄弟になる話はあるが、4人というのも一興だろう」

「では、きちんと固めの儀式をしなくてはいけないですね」

「今日のところは仮の契りだ。おい、伴左衛門、お前も串を持て」


「まさか、食べかけの団子でやるんですか?」

「何を言っている。米一粒に7柱の神ありと言うだろう。起請するのに相応しいじゃないか」

 元長が咳払いをする。

「では、天地あめつちの神もご照覧あれ。我ら4人、今日より義をもって兄弟とならん」

 厳かに言うと、伴左衛門も含めて厳粛な面持ちで団子を食した。

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