第17話 聞き込み
楽しい宴席の翌日、3人衆は夜からの勤務である。
それに合わせて伸之介も捜査に従事することになっていた。
清所門外の事件の下手人を追うために一時的に伸之介を預かることになったときに、少尉が3人衆に面倒を見ろと命じている。
伸之介は員数外であるし、わざわざ見知らぬ相手と組ませるよりも既知の3人衆に任せた方が効率がいいだろうという判断だった。
京都所司代との間での管轄争いで勝ちを得る理由でもあったので、これぐらいの融通を効かせるのは何でもない。
他の衛士からも特に伸之介と組みたいという声は上がらなかったということもある。
かくして、伸之介は旧知の3人と行動を共にすることになっていた。
検非違使を示す十葉菊の紋がついた弓張提灯を手に4人は連れだって市中を巡る。
夜間は出歩く者が少なくなるが、それでも完全に無人というわけではない。
出会った者を呼び止めて、伸之介の証言による人相書きを見せて、何か知らないかと情報を集めた。
ただ、下手人はおこそ頭巾をして口元も隠していたために、なかなかこれという情報は得られない。
声をかけられた者は、首を捻るか、見覚えがないという返答をするばかりであった。
「なかなか情報は得られないですね」
伸之介が少し落胆気味に言う。
「そう簡単にはいかないさ。それでもこの事件は人相書きがあるだけまだ楽な方だ。何も手掛かりがなければ、何か怪しい者を見なかったかという抽象的な聞き方しかできないからな」
「まあ、それでもこうやって話を聞くのも意味があるんだよ。時間や手間はかかるし、地味な作業だけどな。それに喉も渇く。お、辻売りがいるな」
「え、飲もうっていうんじゃないでしょうね」
「まさか。話を聞くだけさ。ああいう商売をしていると結構客の顔を覚えていたりするんだよ」
伴左衛門は、辻売りの行灯に向かって歩いていった。
それに残りの3人も追随する。
屋台に近づいて何を売っているか分かると伴左衛門は途端につまらなそうな顔になった。
辻売りのおやじが挨拶をする。
「お役目ご苦労にございます」
「見たことがない顔だな」
「日によって河岸を変えておりますので」
「ふーん。で、この店で扱っているのは葛饅頭と麦湯だけなのか?」
「はい。冬場は焼き団子を扱いますが、夏場は葛饅頭を主に扱っております。吉野の葛を使っておりまして評判なんですよ。旦那も召し上がってみますか?」
見回りの衛士や京都所司代の同心にちょっとした付届けをすることはよく行われていた。
何かあったときの用心棒代の感覚だった。
「あ、いや、私はいい」
伴左衛門は遠慮でなくおやじの誘いを断る。
伸之介が買ってきたものならいざ知らず、わざわざ甘いものを食べようとは思わなかった。
横からぬっと大きな手が出てくるとおやじに代金を支払う。
久太郎だった。
「2つ貰おう」
へえへえ、とおやじは笹の葉にくるんだ葛饅頭を差し出す。
「伸之介さん、美味しそうですよ」
にこにことしながら久太郎はそのうちの1つを伸之介に手渡した。
甘い餡子をつるんとした葛にくるんだものは口当たりがいい。
2人は幸せそうに葛饅頭を頬張った。
その間に元長が人相書きを露店のおやじに示す。
「この顔に見覚えはないか?」
「どうだろうねえ。お客さんには居なかったと思うけどね。こりゃ下戸の顔じゃござんせんよ」
「ああいうのもいるぞ」
元長が久太郎を指さした。
「へえ。確かに体は大きいですが、どことなくこう甘いものが好きな雰囲気がありますよ」
「ほう、そんなことが分かるのか」
おやじは首を捻りながら、人相書きを凝視する。
「うーん。なんか見たことがあるような無いような」
その言葉に元長以外の3人も一斉におやじの顔に注目した。
「よしておくんなさい。そんなに見られちゃ、落ち着いて考えられねえ」
しばらく腕組みをしていたおやじはおうと声を出す。
「さっきも言ったようにワシは吉野まで葛を仕入れに行くんじゃが、3日ほど前じゃったか、都に戻ってくるときに、この人相書きによく似た男が宇治近く茶店で酒をくろうておった。日も高いうちからよく飲むもんじゃなと思ったのを思い出しましたよ」
「そうか。それは助かる情報だ」
元長は礼を言った。
「では、一度検非違使庁に戻って人数を揃えよう。今から行っても夜明け前で聞き込みもできん」
元長は3人を引き連れて歩き出す。
「兄者。ちとこちらに」
久太郎が先頭に立ち道を曲がった。
元の通りから少し入ったところで立ち止まる。
「どうした久太郎」
「兄者。あのおやじは嘘をついている」
「そうか。特に変なところは感じなかったがな。なんでそう思った?」
「あの葛饅頭は確かに味は悪くないが、吉野の葛は使っていない。それに間違いなく桔梗屋の味がした」
元長は破顔した。
「ということは、3日前に葛の仕入れの帰りに宇治で見かけたというのは嘘ということになるな。話をもっともらしくするために小細工をしたのが裏目に出たというところか。しかし、久太郎、よく分かったな」
「いや、普通は分かるでしょう。ねえ、伸之介さん?」
同意を求められて伸之介は頭をかく。
「どうかなあ。僕には分かりませんでした」
「それが普通だよ。久太郎の舌が異常なんだ」
恐縮する伸之介に伴左衛門がすかさず気を遣った。
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