第16話 お礼の宴

「ということで、これからもお引き立てのほどよろしくお願いします」

 伸之介は座敷で手を突き挨拶をする。

 検非違使の手伝いをすることになって2日後の夜、日勤明けの3人衆を誘って料理屋に来ていた。

 今まで散々世話になった礼をするためである。


 膳の上には鯛の尾頭付きを主役にした料理が並んでいた。

 元長が手を振りながら言う。

「伸之介さん。もう、そういう畏まったのは無しにしようや。これからは同僚としてやってくんだ。それに折角の料理だ、温かいうちに頂こうぜ」

 それを合図に賑やかに宴会が始まった。


「伴左衛門さんも遠慮なく飲んでくださいね」

 声をかけられた伴左衛門は着物の袖で涙を拭く真似をする。

「まさか、こんな日が来るとは、感涙に膳の上のものがにじむよ」

「大げさですね」

 その横では、はしりの甘藷の煮物を口に運んで久太郎が顔を綻ばせていた。


 宴が進んでいくうちに、話題は伸之介の活躍から、褒美の金の使い道になる。

「業物を一振り手に入れてもいいかもしれんな。伸之介さんの差し料も悪くは無いと思うが」

「それよりも、もう少し身の回りのものに気を遣ってはどうかなあ。せっかくの紅顔なんだから」

「特に思い浮かばないならいざという時の備えにするといいよ」

 3人衆の中では久太郎が一番堅実派ということらしい。


「いや、それはもったいないよ。服装が垢ぬけるだけで伸之介さん、絶対に人気がでるって。二枚目が張れそうな目鼻立ちを生かさないともったいない」

「伴左衛門。お前と違って、伸之介さんは身持ちが固いんだから余計なことを吹き込むな」

「女嫌いの兄上には言われたくないですね」


「ちょっと待て。伸之介さんが変な顔をしているだろう」

「実際、兄上は女嫌いじゃないですか」

「あちこちで浮名を流すお前には言われたくない」

「別に私は何もしてませんよ。向こうから勝手に言い寄ってくるだけで」


 言い合いを始めた2人に伸之介は目をぱちくりとさせる。

 久太郎は大きな体を縮こまらせて恥ずかしそうにした。

「兄者たちはときどきこうなるんです。気にしないでください。ところで身の回りの世話をする人は足りてますか?」


「次郎吉が面倒をみてくれています。とっても器用ですよ」

「信用しているみたいですが大丈夫ですか。以前はあまり良くないことをしていたようですが」

「そうかもしれません。でも、本人は足を洗ったと言ってます」

「そうですか」


 額を寄せ合っていると、後ろから声がかかる。

「そこ。2人で何をこそこそ話をしているんです? 久太郎、伸之介さんを独占しない」

 ちょっと目が据わった伴左衛門が不満げな様子をしていた。


「兄者。今日はお酒をいつも以上に召し上がってませんか?」

「伸之介さんが用意してくださったんです。飲まないという手は無いでしょう。そんなことよりも何の話をしていたんですか」

「身の回りのことで不便なことがないか聞いていたんですよ」


 伴左衛門ははたと手で自分の膝をうつ。

「そうそう。それだ。しっかりした奥さんをもらって家の中のことを差配してもらった方がいい。そのためにも身なりはきちんと……」

「お前がその話をするのか。俺も大概だが、伴左衛門が嫁取りの話をする資格はないと思うぞ」


「兄上は黙っていてください。伸之介さん。兄上のような偏屈な女嫌いにならないように、身元のしっかりした器量よしを御内儀にもらいましょう。あなたは顔がいいんだから、私のようになっちゃいけません」

 伴左衛門の発言は説得力があるんだか無いんだか分からない。


 猪口を口に運んだ元長が苦笑する。

「俺たちの誰もが独り身なのに、一番若い伸之介さんに祝言をあげるのを勧めるのは本末転倒だろう。まずは隗より始めよだ。お前が年貢を納めるのが先なんじゃないか」

「それを言ったら長幼の順というものがあります。まずは兄上が率先垂範して奥方を迎えられてはどうでしょう。きちんと姉上にお仕えしますが」


「まあまあ、兄者たち。今日は伸之介さんが開いてくださった宴席ですよ。ほら、伸之介さんもびっくりした猫のような目をしています」

 久太郎に言われて元長と伴左衛門は口をつぐみ、伸之介を見た。

 確かに猫のように真ん丸の目をしている。


 ぷっと伴左衛門が吹き出した。

「本当に猫のようだ。木挽町の植木屋の隠居が飼っているのが驚いたときにそっくりだよ」

 それを聞いて伸之介は頬っぺたをぷうっと膨らませる。


「ぼくは猫じゃありませんよ」

「今度は河豚みたいだ。可愛いなあ」

 伴左衛門がすっと立ち上がりやってくると伸之介にしなだれかかった。

「悪い年増に引っかからないか心配だよ」

 そんなことを言う伴左衛門の顔はいつも以上に赤くなっている。


「おい。伴左衛門。何をしているんだ」

 流れるような動きでやってきた元長が伴左衛門の腕をつかんだ。

 伸之介から伴左衛門を引きはがそうとする。

 その元長の顔も朱が差していた。


 双方とも伸之介の気遣いに感動して、いつも以上に酒を飲んでいる。

 見た目こそ乱れてはいないが、その実かなり酔っぱらっていた。

 伴左衛門は引きはがされまいと抵抗して元長の関節を極めようとし、元長はそれを避けようとする。

 電光石火の攻防が繰り返され、それを目撃した伸之介の目は再び大きく見開かれるのだった。

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