第15話 褒美
清所門での事件があって3日後のこと、出勤した伸之介は上長に呼ばれる。
御所の東側にある建春門の陣所を訪ねると
禁裏衛士の総元締めである衛門督は昇殿も許される貴族であり、本来なら伸之介の立場ではお目通りがかなうはずがない。
驚きつつも平伏する伸之介に衛門督は上機嫌で告げた。
「そこもとの此度の働き大儀であった。言上したところ、陛下におかれてもご機嫌麗しくござった。褒美を取らせよとの有難いお言葉である。何か望みの事あらば遠慮なく申してみよ」
「はっ。小官が聞いたところでは、怪我をした同輩、役目を免ぜられるやに聞いております。確かに昏倒したのは不面目なれど、賊に立ち向かってのことにございます。賊から逃げたのならいざ知らず、職務を遂行しての人事不省。ぜひとも、このまま役目に留め置かれますようお願い申し上げます」
返事を聞いた衛門督は困惑をする。
かねてより、伸之介が検非違使に就きたいという意があることは聞いており、それを願い出るものとばかり思っていた。
それが、負傷した同僚の罷免撤回の嘆願を言い出すとは想定外である。
「負傷した者はそこもとと親しい間柄なのか?」
「いえ。そうではありませぬが、他人の不幸の上に栄達を望もうとは思いません」
両手をついて顔だけを衛門督に向けている伸之介の表情は真剣そのものだった。
「……ふむ。左様か。それがそこのもとの願いか」
若いと言えば若いまっすぐな願いに衛門督が迷ったのは僅かな時間である。
当節このような心掛けはなかなか見られるものではない。
「あい分かった。そこもとの願い聞き届けよう。ただ、賊に倒されたということを何も咎めぬわけにもいかぬ。傷が癒えるのに時間もかかるであろうから、その間、謹慎を命ずることにする。いずれ機を見て復職を許そう」
「お聞き届けいただきましてありがとうございます」
伸之介は平伏して謝意を述べた。
「うむ。願いの筋は許すが、信賞必罰は世の習い、そこもとに何も褒美がないというわけにもいかぬ。あれを」
衛門督は脇に控える者を顧みる。
属吏が膝行して進み出ると伸之介の横に袱紗の包みを置いた。
「当座の褒美じゃ。遠慮なく受け取るがよい。それから、此度の事件の下手人、まだ捕まえてはおらぬ。通常の任に替えてその下手人の捕縛を命ずる。詳しくは検非違使庁にて聞くがよい。期待しておるぞ」
衛門督が退出する間、顔を下げていた伸之介だったが、言い渡された内容を理解するのに時間がかかる。
顔を上げて横の袱紗の包みを見て、ようやく実感が湧いてきた。
検非違使になれるわけではないが、一緒に行動していいとの許可である。
予想したよりも早く転機が訪れたことに思わず顔がほころんだ。
無邪気な笑顔は年齢相応で、しかつめらしい表情をしているよりもずっと伸之介に相応しい。
袱紗の包みを持ち上げてみるとかなりの重みがした。
この場で中身を確認するわけにはいかないので懐に入れる。
衛士の詰所に戻ると上長から帰ってよいと言われた。
伸之介は御所を出ると一度帰宅する。
出かけたばかりの主が帰ってきて次郎吉はびっくりした。
事情を話して聞かせると次郎吉は顔を輝かせる。
「ということは、おいらも放免として使ってもらえるんで?」
「さあ、それは分からない。でも、探索に必要な範囲でぼくが個人的に手伝ってもらう分には問題ない気がする。あとで話を聞くときに確認してみるよ。それでこれが褒美らしいんだけど」
伸之介は袱紗の包みを取り出して床の上に置いた。
包みをほどいてみると小判が5枚ずつ束になったものが5つ入っている。
「これ、本物ですか?」
「どうだろう。たぶん本物なんだろうね」
2人ともこれだけまとまった金を見たことがないので、とぼけた会話をしていた。
小判1枚で慎之介が借りている家の家賃2月分に相当する。
なお、その家は庶民の暮らすものよりも広く、その分家賃も高い。
小判25枚はそんな家を4年以上借りることができる価値があった。
次郎吉が伸之介に提案する。
「この金額をここに置いておくのは不用心というものです。当面必要な額を残して、両替商に預けてはいかがでしょう」
「どこかいい両替商を知っている?」
「さすがにおいらには分かりませんよ。お友達に聞いてみては」
「ではそうする」
伸之介は小判の山の中から2枚取り出すと次郎吉に渡した。
「これ次郎吉の分。取っておいてよ」
「え? これをおいらに?」
「うん。今まで色々と世話になってるし。余裕ができたら渡そうと思ってたんだ」
「親分、多すぎですよ」
「いいから、いいから。そうだ。次郎吉がお医者様呼んできてくれたお陰で、ぼくの同輩は命拾いしたでしょ。その徳を積んだ分だと思ってよ。それと1枚は大家さんのところに家賃として持っていくから残りはしまっておいて」
小判を1枚だけつまみ上げると伸之介は家を出ていこうとする。
「親分。もし、俺が持ち逃げしたらどうするんですか?」
「思いがけず手に入ったお金だし、無くなったら無くなったで別に困らないよ。それに次郎吉は放免になりたいんでしょ? だから、そんなことはしないよ」
あっけに取られる次郎吉を置いて伸之介は検非違使庁へと向かった。
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