第14話 狼藉

 こうして伸之介が禁裏衛士として生真面目に働き始めてから1か月ほどが経過する。

 盆地にあるためえげつない暑さの京の都にも、朝夕には秋の気配が感じられる時期がやってきた。


 そんなある日の早朝のこと、いつものように伸之介が清所門の外で警備についていると何やら騒がしい二人組が近づいてくるのを目撃する。

「我こそは惟任日向守の後胤なるぞ。道を空けよ。今上陛下に申し上げたき儀がある」


 伸之介の同僚が苦笑を浮かべながら近づいた。

「朝っぱらから何を騒いでおる。控えよ。ここは……」

「危ない!」

 伸之介の警告の声は間に合わず、日向守の後胤を名乗る男は隠し持っていたフリントロック式の拳銃の引き金をためらいもなく引いた。


「無礼者!」

 甲高いその声にかぶさるよう銃声が響き渡る。

 伸之介の同僚はうっといい肩口を抑えて昏倒した。

 もう一人の目だけを露出した男が同様に拳銃を取り出すと伸之介に向かって発砲する。


 その瞬間に伸之介の体は元居た場所にはなく、1尺ほど横に移動していた。

 伸之介の体に当たり損ねた弾丸が清所門の門扉に食い込んでバシという音を立てる。

 その次の瞬間には槍の石突が伸之介の同僚を撃った男の鳩尾を強かに突いていた。

 口から涎を垂らしながら男は前のめりに倒れる。


 さっと槍を引いた伸之介は槍の穂先をもう一人の男に突きつけた。

 頭巾に隠れていない目を血走らせた男は抜刀していたが、自分の眉間をぴたりと狙う槍に容易に身動きができない。

 しかし、御所内がざわめく気配を感じると、男の面上に焦りが浮かんだ。


 裂帛の気合と共に槍のけら首を狙って刀を振るう。

 カッと穂先を切り落とした男はさらに踏み込んできた。

 伸之介は槍の柄の部分を回転させて下から男の脚を払おうとする。

 男はパッと後ろに跳躍するとそのままスルスルと下がり仲間を捨て置いて逃げ出した。


 伸之介は男が逃げるのに任せて、倒れたもう一人の賊を引きずりその下敷きになった同僚の様子を窺う。

 銃弾は腹巻の上ぎりぎりをかすめるようにして命中していた。

 上衣が朱にまみれている。

 伸之介は門内に人間に叫んだ。


「賊を一人取り押さえ、もう一人は既に去りました。ご同役が深手を負っています。早く医者を」

 聞こえているはずなのに門内からは反応がない。

 ある意味当たり前だった。


 外の様子が分からない以上は下手に門を開けるわけにはいかない。

 もし、これが賊の罠で門内に侵入されでもすれば責任問題になってしまう。

 禁裏衛士の一人や二人が死んだところで痛くもかゆくもない。

 遥か昔のことではあるが、浅原為頼が御所に乱入した事件のようなことも起きており、単なる騒擾なのかはっきりしない限りは門の内側を固めるのが最善であった。

 

 伸之介が歯噛みをしていると折よく、次郎吉がやってくる。

「親分、これは一体?」

「説明は後だ。医者を連れて来い」

「分かりました」

 次郎吉は通りを駆け出した。


 そのうちに宜秋門から応援の衛士が駆けつけ、同時に京都所司代や、検非違使も駆けつけてきて辺りは騒然とする。

 そんな中、次郎吉が近くの町医者を籠に乗せて戻ってくる。

 負傷した禁裏衛士を診た町医者は愁眉を開いた。

「出血が酷いようですが手当てをすれば命は助かるでしょう」


 騒ぎに集まってきたもののうち手を挙げたものが協力し戸板に乗せて、怪我人を運ぶ。

 その間にもう一人の賊は縛り上げられていた。

 それから、検非違使と京都所司代のどちらが下手人を取り調べるかでひと悶着があったが、捕らえたのが伸之介ということが決め手となる。


「伸之介が検非違使の試験に合格して任官待ちであり、半ば検非違使のようなものであるからして、当方が引き取るのが筋であろう」

 現場に駆け付けた検非違使の少尉が主張すれば、京都所司代側も引き下がらざるを得なかった。


 上長の許しを得た伸之介も検非違使庁に赴いて現場の様子を説明する。

 正七位の官位を持つ少尉はヒラの衛士よりもかなり上の立場であった。

 しかし、御所に乱入しようという大事件の取り調べを検非違使が扱うことになり、面目を施す形となった伸之介に対して少尉の聞き取りは丁寧なものとなる。

 絵師が呼ばれ伸之介の証言により、もう一人の下手人の手配書が速やかに作成された。


 それが終わると伸之介はすぐに解放される。

 ゆっくり休むがよい、と労いの言葉までもらって家路につくことができた。

 次郎吉がなにくれと世話を焼き、簡単な朝餉を取って伸之介は寝床に入る。

 ぐっすりと寝て起きた伸之介を元長たちが連れだって訪ねてきた。


「話は聞いたよ。大手柄じゃないか」

「少尉殿もご満悦だったよ」

「俺も誇らしいぜ」

 口々に褒められて伸之介は頬を紅潮させる。

「そんなに言われるとちょっと照れるな。決められた仕事をしただけだよ」


「謙遜することはない。俺たちはこれから逃げた男を探さなくてはならないんだ。落ち着いたら改めてお祝いをしよう」

「私も手伝います」

「気持ちはありがたいが、それはやめておいた方がいい」

 元長は一度言葉を切ってためらったが言葉を続けた。

「あまり他所の仕事に首を突っ込むと面倒なことになる」


「分かりました」

 伸之介は悔しそうな顔をする。

「そんな顔をするな。今回の件はかなりの手柄だ。ひょっとすると希望が叶うかもしれないぞ」

 元長は慰めの言葉をかけると、邪魔したなと2人を連れて家を出ていった。

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