第13話 禁裏衛士
こうして伸之介は一旦は禁裏衛士として働き始める。
元長の尽力により手に入れた職ではあったが、その職務内容についても思うことはあり、それとは別に悩み事もあった。
今後、検非違使の席に空きができても現在他に職についていない者が優先されてしまうことである。
それ自体は理があるので文句はつけられない。
実質的に夢を諦めなければならなかったことに比べれば、京の都に残ることができたことには感謝をしていた。
それでも禁裏の門を警備しながら、通りを歩く検非違使の狩衣姿を目にすると自分の姿と見比べてしまう。
禁裏衛士はその名の通り御所の警備をする職であった。
用がない者を御所に寄せ付けないように平時から武装しているのだが、位が高くないため腹当に
検非違使とは派手さや煌びやかさは比較にならなかった。
しかも折角武装しているというのに、童顔な伸之介では効果が半減である。
結果的になんともちぐはぐな姿になっていた。
仕事内容も単調である。
戦乱の世の中なら御所に弓を引こうという者も出たのだろうが、天下泰平であった。
物取りや強盗の類も御所を標的にするほど馬鹿ではない。
結果としてひたすら持ち場の門に立ち、不用意に近づいてくる者を追い払うだけの日々であった。
とはいえ都で働くことになり、故郷の姉へ手紙を書き送る。
合格はしたがすぐに検非違使にはなれないという事情を綴った。
それに対しては、お祝いの言葉と共にしっかり勤めなさいとの文が返ってくる。
真面目な姉らしいなと伸之介は笑った。
非番の日が合うと元長たちが伸之介の無聊を慰めてくれる。
特に伴左衛門は暇を見つけては熱心に茶屋へと誘った。
伴座衛門が言うにはいい酒飲み相手ができたということらしい。
元長は何か忙しいらしく、久太郎は酒が飲めないので、ずっと飲み友達が欲しかったということだった。
茶屋で飲むときは必ず芸妓を呼ぶ。
宴がはけた後に何をするわけでもないのだが、華やかで賑やかなのが好きらしい。
芸妓としては伴左衛門に誘われれば断らないつもりであるが、本人はそういう気はなさそうだった。
そして、かなりの金がかかっているだろうに、伸之介には一切払わさせようとしない。
「私が誘っているんだから気にしないでくれ。金ならあるんだ」
「検非違使だってそんなにお金がもらえるわけではないでしょう?」
「そうさ。だけど私には他に当てがあるからね」
それ以上聞こうとすると長く繊細な小指を伸之介の唇に押し付けた。
「それ以上は野暮ってもんさ」
周囲の芸妓としては胸の高鳴りが大変なことになっている。
ぼーっとしてしまい、楽器の音を間違えてしまう者も出るなどした。
久太郎はどこかで甘いものを買って、伸之介の借家を訪問することが多い。
次郎吉は伸之介が借りた家で下男のようなことを始めていた。
その次郎吉の分も買ってきて、上り框に腰掛けて3人で黙って大福などを食べる。
大柄な久太郎が狭い借家に居ると大変威圧感があるのだが、幸せそうな顔でもぐもぐと大福を食べているとほんわかとした雰囲気が生じた。
特に何を話すわけでもなく、ただ伸之介と一緒に甘いものを頬張るだけで満足らしい。
ゆっくりと間隔を空けて数個の菓子を食べると後はにこにこと座っていた。
しばらくすると邪魔したねと帰っていく。
次郎吉は最初は警戒していたもののすぐに慣れた。
元長は単独で伸之介を誘うことはないが、他の2人と一緒に都や近くの名所めぐりに伸之介を連れ出す。
3人と行動しているうちに伸之介にも段々と分かってきた。
割と正反対な伴左衛門と久太郎の2人をつないでいるのが元長である。
別にこの2人は仲が悪いわけではないが、それぞれの趣味や好みが違い過ぎて一緒に行動することがあまりない。
それが、元長が入ることによって自然と3人で行動することになる。
検非違使の公務においても3人で一緒に行動することが多かった。
というより、他の衛士とはあまり個人的な付き合いは無いようである。
周囲の者たちはむしろ伸之介がこの3人と一緒に居ることが多いことに驚くぐらいだった。
実力がずば抜けており、さらに1人を敵に回すと3人を相手することになるので表立っては何も言わないが、3人は検非違使の中で微妙に距離を置かれている。
伴左衛門の女と見紛う美貌に女たちが夢中なことについて嫉妬の念を抱く男はかなりの数に上った。
それとは逆に伴左衛門に懸想して全く相手にされないことを恨んでいるパターンもある。
久太郎は口数が少なく何を考えているか分かりにくい。
そして、日本人と明らかに異なる髪の毛の色を忌避する者は多かった。
本人に聞こえないところで陰口をたたく者もいる。
元長については超然とした態度が距離を置かれる原因となっていた。
3人は自分たちが浮いた存在だということは理解していたが、あまり気にしてはいない。
人付き合いは濃く深くというタイプである。
それでも新たに仲間の輪に入った伸之介のことを歓迎していたし、とても気に入っていたのだった。
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