第12話 提案
元長たちを探したいという願いはその後簡単に叶えられる。
広い京の都の中から伸之介1人で見つけ出すのはかなり骨が折れるが、次郎吉には橋の下や路上で暮らす人間のネットワークがあった。
元長たちは目立つ3人組ということもあり、人手さえあれば容易に行方が知れる。
次郎吉に礼を言って伸之介は巡回中の3人組のところへ駆けつけた。
「どうした? そんなに慌てて」
「喉が渇いたということかな?」
「やあ」
三者三様で伸之介を出迎える。
仕事の邪魔をしてはいけないと伸之介は手短に事情を話した。
「色々とお世話になって恩返しもしておらず心苦しいのですが、明日には一度故郷に帰ろうと思っています。その前にお礼とお別れの挨拶をしたくて。こんな路上で申しわけありませんが、どうもありがとうございました」
「早まるのは早いよ。そうだ、ゆっくりとお座敷で飲みながら話をしよう」
驚きのせいなのか単にそうしたいだけなのかははっきりとしないが、伴左衛門がおかしな提案をする。
久太郎は大きな体を縮こまらせて悲しそうな顔をしていた。
はっとした顔をすると前身頃から竹皮に包まれたものを取り出す。
紐を解くと大福が姿を現した。
一つをパクリと食べると竹皮の包みを伸之介に差し出す。
どうもはっきりとは分からないが気を遣ってのことらしい。
伸之介も一つ手にすると久太郎はにこりと笑みを浮かべた。
その様子を見ていた元長は苦笑をする。
「話は分かった。だが、日頃の友諠に対して路上での別れとはどうなのかな?」
「申し訳ありません」
伸之介は素直に謝るが、それに対して伴左衛門が抗弁した。
「兄上。言うに事欠いてそれはないんじゃありませんか?」
「そうだぜ。兄者」
「いや。俺としてはせめて黄鶴楼なみの店で送別の宴でも開かねば気が収まらんが」
「さすが、兄上」
伴左衛門が掌を返す。
「それよりも、兄者の力でなんとか都に残れるようにできませんか?」
久太郎が提案すると伸之介は慌てて手を振った。
「そのような横紙破りをされては困ります」
元長は扇子を取り出し、少し開いてはぱちりと閉じるを繰り返す。
「まあ、それこそ路上でする話でもないな。伸之介さん。今夜はまだ法相寺に居るんだね?」
「はい。住職のご厚意で今宵は泊めて頂けることになっています」
「ちなみに法相寺に残っているのは何名かな?」
「私を含めて6名です」
「そうか。それでは後で訪ねていく。それまでは境内で大人しくしていることだ」
元長がそう言うと伴左衛門が訳知り顔をした。
「ということだ。兄上の言うとおりにした方がいいよ。何か思いついたらしいからね。大船に乗ったつもりで待っていなさい」
「では、後ほど」
踵を返して歩き出した3人組に伸之介は頭を下げる。
後ろ姿を見送ると伸之介は素直に法相寺へと戻っていった。
一体元長が何をするつもりなのか分からないが、こうなったら大人しく待っているほかはない。
せめての心づくしということで寺の小僧に頼んで徳利と鉢を拝借する。
それを持って酒屋で2合の酒を、流し売りからところてんを買い求めた。
それから、手すさびとして彫っていた子猫の根付の仕上げをする。
住職に頼んで書院の一角の部屋を借りて3人組が訪ねてくるのを待ち受けた。
元長たちが訪ねてきたのは結局黄昏時になる。
3人が部屋に入ってきて円座の上に席を占めると小僧が台に乗せて徳利と猪口、小鉢を運んできた。
板敷に手をついて伸之介は訪ねてもらった礼を述べる。
「このようなこころばかりのもてなししかできませんが」
井戸水で冷やしておいた酒とところてんを勧め、3人に根付を手渡した。
「暑い時期にこれは何よりの馳走」
元長たちはもてなしを喜ぶが、伸之介としては顔から火が出る思いである。
4人は黒蜜のかかったところてんを食べ、安酒を飲んだ。
元長はすまし顔をしているが、内心では伴左衛門と久太郎の反応を見て笑いをこらえている。
上戸の伴左衛門が甘いところてんを神妙な顔をして食べ、下戸の久太郎が無理をして酒の猪口に口を付けているのがいじらしかった。
伸之介の精一杯の心づくしを無碍にはできないという気持ちを察している。
元長は両方イケる口なので虚心で楽しんでいた。
それでもなかなか無い取り合わせだなとは思っている。
「さて、このような供応を受けた後には切り出しにくいのだが……」
しんみりとしているところへ元長が切り出した。
「伸之介に提案があるのだが、聞いてもらえるだろうか?」
「はい。お伺いしたいです」
「検非違使になりたいという気持ちはひとまず脇に置いておいて、御所の門を守る禁裏衛士になってみる気はないかな。派手さはなく気苦労ばかりの仕事だが、伸之介にその気があればその職を紹介できる。どうだろう。検非違使に採用されるまで一時的に務めてみては?」
「兄上。午後はどこかに出かけていたと思ったら、そんな話を。伸之介次第ですが、それなら悪くない話のような気がしますね」
伴左衛門はそう反応するが、悪くないどころの話ではない。
確かに地味で退屈な仕事であるのは否定できないが、誰にでも回ってくる仕事内容ではなかった。
「伸之介一人を検非違使に採用するようにねじ込むこともできなくはないが、そういうのは本意ではあるまい。どうだね。ここは私の顔を立ててくれないか」
「ありがたいお話ですが、私一人がそのような厚遇を受けるのは……」
伸之介が答えると元長は莞爾と笑う。
「もちろん、他の5人にも話をしてもらって構わない」
感極まった顔で伸之介は頭を下げた。
「よろしくお願いいたします。早速話をしてきてよろしいでしょうか?」
「もちろん」
「では御免」
伸之介は勇躍して部屋を出ていく。
それを元長は温かい目で見送り、伴左衛門は猪口を空け、久太郎は笑顔で頷くのだった。
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