第11話 残念な結果

 検非違使の衛士の申込み期間が過ぎ、選抜試験が開催される。

 なんと最初の試験は文字が読み書きできるかということが問われる試験だった。

 これは、蜂矢藩によって送り込まれた有象無象を早々に排除するために、急遽追加されたものである。


 これで山賊まがいのことや強請りたかりをしていた連中はここで大部分がふるいにかけられて脱落した。

 同時に次郎吉も試験に落第して寺を出ることになる。

 この結果、一時期洛中は騒然とすることとなった。


 検非違使の衛士は休みを返上して市中見回りに駆り出されることになる。

 同様に京都所司代も忙しくなった。

 そんな事情は知らず、伸之介は櫛が抜けたように人が減った法相寺で次々と課題をクリアしていった。

 最終的に30人の衛士候補に残ることができる。

 しかし、その喜びは一瞬のものだった。


 想定を大幅に超える応募者が居たために多大な経費がかかったことから、実際に採用されるのはその半数となってしまったのである。

 ならば、その半数に入るように頑張るのみと伸之介は密かに闘志を燃やしたが、もう選抜に手間暇をかけていられなくなっていた。

 そのため、30人はくじを引くことになる。

 くじ引きの結果、伸之介は落選してしまった。


 当選した15人が検非違使庁へ移動を始める中、落選してしまった残りの人々に役人が告げる。

「あなた方にはこの書付を渡します。次の採用がいつになるかは未定ですが、書付を持参すれば優先的に衛士になることができます。一度郷里に帰るか、自費で滞在を続けるかは各自の好きにしてください。最低限の路銀は支給します」


 都やその周辺出身か寄る辺のある者たちはそれほど落胆した様子をみせずに支度を始めた。

 呆然としたのは伸之介ほか数名である。

 京の都は家賃が高く無職の身の上では事実上郷里に帰るしか選択肢がなかった。


 そして、一度帰れば衛士になるという夢は絶たれたのも同然である。

 広く募集するということになれば高札場に再募集の掲示がされるかもしれないが、そうでなければ自分で確認するしかない。

 都の情報はそう簡単に手に入るものではなかった。


 また、郷里に帰ってから、いつ採用されるか分からないまま無為に過ごせる余裕があるわけではない。

 どこかに勤めなければならないし、勤め先によってはそう簡単に辞めさせてもくれないだろう。

 とはいえ、郷里に帰る以外の道はなかった。


 さすがに気の毒に思ったのか住職がその日は宿坊に泊まることを認めてくれる。

 しかし、明日以降は大規模な法要の準備が始まるとのことで猶予は1日しかなかった。

 喜びの絶頂から絶望の淵に突き落とされた伸之介であったが、元長たち3人に今までの厚情の礼を言いに行くことにする。


 検非違使庁を訪ねてみると3人とも巡視に出ていて不在とのことだった。

 伝言を頼んで、伸之介は自らも探しに出かけることにする。

 狩衣姿を見かけて駆け寄ってみるが元長たちではなく落胆することを繰り返した。

 通りをあちこち歩き回っていれば当然京都所司代の同心にも遭遇する。

 運が悪いことに先日やりあった同心にもばったりあってしまった。


「おや? 先ほど候補者がまとまって検非違使庁に入っていったと聞いたが、こんなところで何をしているのかな? まさか試験に受からなかったのかね」

 わざとらしい質問をしてくる。

「お陰様で合格しましたよ」


「ではなぜこんなところを徘徊しているのかな?」

「理由ははっきりしないのですが、なんか応募が殺到したせいで、選抜の経費がかかりすぎたらしいんですね。こういうことは過去になかったそうですが。それで、今すぐの採用は半数ということになったんですよ。運悪くくじに外れたもので」

「それはお気の毒に。まあ郷里で採用を気長に待つことだな」


 会話を伴左衛門が聞いていたら、よくぞここまで遠回しに意図をにおわせる会話に習熟したものだと手を叩いてみせたことだろう。

 要約すれば、落ちたのか笑える、に対して、合格したわボケ、という返しをしている。

 しかも、お前らが陰で下らないことをしたのは知ってるという圧力もかけていた。


 ただ、この状況では伸之介に分が悪い。

 気長に待てばいいと言っているが、一旦帰郷すれば、実際には二度とチャンスがないだろうというのも分かっての底意地が悪い発言であった。

 同心は顎を撫でながら伸之介の体を上から下へとひと撫でする。


「あー、当面の生活の糧を得る仕事を紹介してやれなくもないんだがな」

「お気遣い痛み入りますが結構です」

 まだ純真無垢な伸之介だったら話に乗って痛い目を見ていたかもしれない。

 世故に長けた今ではどこかの稚児好きに世話するというのが見え見えだった。

 紹介に当たって自分に先に試させろぐらいは言うつもりかもしれない。


 きっぱりと断り軽く会釈をして去っていかれると同心にも伸之介を咎めるすべはなかった。

 腹を立ててもぐっとこらえて冷静に対処できたことに満足しながら、伸之介は歩みを進める。

 このように振る舞えるようになったのも友人たちのお陰と思った。


 三条河原に出るとすっと次郎吉が側に寄ってくる。

「親分。浮かない顔をしてどうしたんですか?」

 事情を話すとため息を漏らした。

「そいつは困りましたね。親分に迷惑をかけちゃいけねえって、おいらもあっちはお休みして半端仕事で食いつないでいたんですが、放免の話も難しそうでやんすね」


「それなんだけど、友人に頼んでみるよ」

 伸之介は衛士の友人が居ることを明かす。

「だったら、それよりも親分がなんとか採用されるように頼めばいいじゃないっすか」

「それは駄目だよ。そういう横紙破りは良くない」

 人となりはだいぶ変わったとはいえ、生真面目さはそのままな伸之介なのだった。

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