第5話 乱闘

 夕暮れが迫る中、最後の残照が華やかな3人衆の姿を浮かび上がらせる。

 周囲の女性たちの興奮はさらに高まった。

 鼻息を荒くしているのは女性だけではない。

 若い男たちの中にもぼうっとしている者がいた。


 女性と見紛う美貌の伴左衛門が声を出す。

「さあさ、お嬢様がた。もうすぐ日が暮れますよ。慎み深い方は家路を急がれるがいいでしょう。悪い鬼がさらっていってしまうかもしれません。あまり、私に心配をさせないでください」


 名残惜しそうにしているが、三々五々と大人しく女性たちは散っていった。

 それに合わせて男性の野次馬も去っていく。

 その様子を確認すると背の高い元長が同心たちに宣言する。

「方々も交代の時間でござろう。屋敷に引き上げられてはいかがかな?」


 睨み合いの間にさらに3人増えた同心たちは、それに気を強くして大きく出た。

「横から獲物をさらっていく鳶のような真似はされぬが良かろう。大人しくその童を引き渡せば良し。さもなくば後悔することになるやもしれぬ。折角の顔が腫れあがってからでは遅いぞ」


 元長は薄く笑った。

「はてさて、我らを鳶と申されるか。自らを鷹とでも勘違いしておられるようだ。まだ都勤めの日が浅いのでござろうな」

「こちらは8人。3人で歯向かおうというのか。痛い目を見るぞ」


 元長は久太郎に目配せをする。

 それを受けて先ほどからじっとしていた伸之介を地べたに降ろした。

「用が済むまで下がっていなさい」

 優しい目で言うと伸之介を後ろに押しやろうとする。


あにょお兄さんたちは検非違使じゃしか?」

 伸之介が確認すると久太郎はいかにもと頷いた。

「それならオイも一緒に戦うど。オイば衛士になりけ来たんじゃ」

 久太郎は元長を見る。


「伴左衛門、どうする?」

「好きにさせればいいのでは? 試験の手間が省けます」

「久太郎?」

「兄者が決めてください」


 ふっと笑うと元長は伸之介に注意した。

「これは喧嘩だ。刀は抜くなよ」

 こくりと首を縦に振る伸之介に伴左衛門の奥に行くようにと命じる。

 難色を示す伸之介に、ならば肩を並べることは許さんときっぱりと言った。

 渋々と伸之介は伴左衛門と築地塀の間に潜り込む。

 

 この間に狩衣姿の3人は括り紐で袖を絞って動きやすくしていた。

 一方の同心たちも陣羽織をたすきで括り、袴の股立ちを高く取っている。

 元長が軽く頭を下げて同心たちに笑いかけた。

「では。いざ尋常に」


 それを合図に乱闘が始まる。

 身の丈6尺をゆうに超える久太郎が突進した。

 丸太のように太い腕を広げて正面の二人の同心の喉を前腕でひっかけて吹き飛ばす。

 膂力と体格を生かした攻撃だった。

 何もできないままに同心2人が脳震盪を起こして地面に沈む。


 その右側では大きく回り込んだ元長が別の同心に肉薄した。

 人数が少ないので小さくまとまって守りを固めるだろうと思っていたのか、不意を突かれた同心は及び腰になる。

 拳を固めた元長は素早く左手で1回相手の鼻を殴った。


 すぐに腰を捻って右手を下から突き上げる。

 顎を捕らえた拳は相手を宙に浮き上がらせ地面に昏倒させた。

 その男を飛び越えると新たな同心に肉薄して左右の拳を繰り出す。

 どこで習い覚えたのか南蛮渡来のボクシングの技だった。

 ジャブを繰り出して相手を寄せ付けず、組み付いてこようとするところを顔に右ストレートを決め、最後はフックを顎に浴びせて地べたに沈める。


 久太郎を挟んだ反対側では、素早く肉薄した伴左衛門が両手で相手の腕をつかんで振りかぶると大きく前に足を延ばして隅落としをかけた。

 一回転をして地面に叩きつけられた男はそのままに、体勢を崩した今がチャンスと突進してくる別の男に向き直る。

 伴左衛門は相手の懐に入ると腰をはねあげながら襟をつかんで投げ落とした。

 地面に投げつけられた同心は腰から落ちてうっと言ったきり動けなくなる。


 あっという間に次々と相手を圧倒する3人を見て、伸之介は武者震いすると共に出遅れたことを恥じた。

 最初に伸之介に声をかけて誰何した年かさの男へとするすると近寄っていく。

 次々と仲間を倒されて驚いていた男は、この状況を逆転するための相手の姿を目にして喜んだ。


 このままでは検非違使に倍する人数を揃えながら圧倒された間抜けの図であるが、伸之介を確保できれば挽回できる。

 検非違使の連中になぜか邪魔をされたが、怪しい不審者を捕らえることを優先したという言い訳が可能だった。


 こうなったら、屋敷に連れ帰って拷問をしてでも何か犯罪を企んでいたと自白させてしまおう。

 所詮は小僧なので石責めでもすればこらえきれずに言われた通りの供述をするに違いない。

 髪を振り乱して涎や鼻水を垂らし悶絶する姿を想像すると陶然とした。


 助平な想像をしながらも腰から打刀を鞘ごと引き抜いて伸之介の鳩尾に向かって突き出そうとする。

 気を失ったら肩に担いで屋敷へひとっ走り……。

 伸之介の鳩尾に突き刺さるかに見えた刀のこじりは伸之介が体を開いたため、小袖の合わせを擦るだけだった。


 慌てて身を引こうとしたところにダンと伸之介が半身になった足を踏みしめる。

 腰を捻りながら伸びてきた後ろ足のつま先の甲が鞭のようにしなって男のこめかみに炸裂した。

 最後の一人は狼狽のあまり刀を抜いたが、久太郎に斬りかかったところを後ろから元長に殴られる。

 圧倒的な勝利に四人は顔を見合わせると凱歌を上げた。

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