クリスマス

 藤井と楽しい思い出を作ろう第一弾として、三バカはささやかなクリスマス会をやることにした。翔太は藤井が一人で廊下にいるときを見計らい、その話を持ちかけた。


「なあ、僕たちクリスマス会をやるんだけど、藤井も来ないか?」


「クリスマス会?」


「そう、今年のクリスマスは休日だから、昼間にお菓子とか持って来て集まろうってなったんだ」


「そうねぇ……」


 恋愛経験のある人であれば、こいつまだ私を諦めていないのかと思うかもしれない。でも藤井は、翔太の「僕のことは好きにならなくていい」という言葉を素直に信じているから、クリスマス会に誘われても嫌な気はしなかった。かつての自分だったら緊張するかもしれないが、今はむしろ自然に楽しめるような気さえする。そして何より、翔太がこれからも友達として遊びに誘ってくれるということが純粋に嬉しかった。


「うん、いいよ」


「やった! プレゼント交換もやろうよ」


「わあ、楽しそう。どこでやるの?」


「藤井の家」


「図々しいな!」


 お馴染みのツッコミが炸裂したので、翔太は首を傾げた。


「なんだ、ダメなのか?」


「いいけど! そっちから誘っておいて当然のように押しかけて来るとは思わなかったよ!」


「いいじゃないか。藤井にはクリスマス会やってくれる友達なんて他にいないだろ?」


「失礼ね! いないけど!」


 三バカ以外との友達関係は、広くて浅いタイプの藤井なのであった。


「そうだ、折角だからウダちゃんも呼ぶか?」


「ダメよ。あの子、黒田の顔を直視したら心臓麻痺で死ぬらしいから」


「病院行けよ」



 そしてクリスマス当日、午後二時頃に三バカは藤井の家を訪れた。ここに来るのは夏休みに宿題をやりに来たとき以来だ。藤井が玄関で出迎え、彼女の部屋に招かれる。すると、部屋の様子が以前とは変わっていることに気が付いた。


 翔太は本棚を眺めながら言った。


「あれ? 少女漫画もある」


「女子が少女漫画読んで何が悪いのよ」


「この前来たときはバトル漫画しかなかったのに」


 藤井はやれやれという風にため息を吐いた。


「いい? 少女漫画では常に深いテーマ性と繊細な心理描写が描かれているの。誰が強いかなんて別にどうでもいいのよ」


 クロが翔太に耳打ちする。


「急に難しいこと言い始めたな。こいつの場合キュンとしたいんじゃなくて、ただ教科書として読んでるだけだぞ」


「なんか読んでいる最中も一人でブツブツ言ってそう。こわ」


 クロが今度はベッドの方を指差した。


「あ、ベッドにクマさん人形があるぞ! 前はなかったのに」


「あれは就寝中に抱いていると高い睡眠効果が得られる安眠グッズよ」


「毎晩これ抱き締めて寝てるのかよ、可愛いな!」


「可愛いとかじゃなくて、安眠よ」


 男子みたいな部屋だったのが、いつの間にか女子らしくなっている。翔太は困惑して矢島に訊いた。


「矢島、藤井は一体どうしちゃったんだ」


「これはつまり……藤井さんが女になったということです。ねっ、藤井さん」


「その言い方やめてくれない?」


 藤井は仕切り直すように続けた。


「お母さんがケーキ持って来るから、座ってていいよ」


「あのお母さんか。前に来たときは『あらあら』しか喋んなかったな」とクロ。


「だから普通に話せるって」


 ちょうどそのとき部屋をノックする音がして、藤井の母親が入って来た。まだケーキは持って来ていないようだ。三バカを見て、開口一番「あらあら」と言った。


 疑いの眼で藤井を見る翔太とクロ。藤井もげんなりしていると、母親は


「いらっしゃい」


 と、軽く頭を下げた。


「喋ったー!」


「だからそのネタもういいって!」


 ツッコむ藤井をよそに、母親は翔太にグイっと近づいて言った。


「あらあらいつもうちの子がお世話になってるわありがとね特に山田君結奈はうちでよくあなたの話をしているのよ仲良くしてあげてねところで甘い物は好きかしら美味しいケーキを買ったの良かったら遠慮せずにモリモリ召し上がってねそうそうモリモリといえばこの前」


「えっ、なんか急にめちゃくちゃ喋り出したんだけど!? 怖っ!」


「あーもう! お母さんは早くケーキ持って来て!」


 母親はマシンガンのように喋り続けながら追い出されたが、しばらくするとケーキを持ってやって来た。ホールケーキではなく四種類のカットケーキなので、ジャンケンで勝った順に好きなケーキを選ぶ。また物凄い勢いで喋ろうとした母親は再び藤井に追い出され、四人はケーキを食べ始めた。


 翔太はチョコレートケーキを美味しそうに食べながら言う。


「ケーキまでごちそうになって悪いなぁ。そんなつもりじゃなかったのに」


「私もそこまでしなくていいって言ったんだけど、お母さんが張り切っちゃって」


 矢島は藤井の話を聞きながら、「多分、友達が来ることが滅多にないんだろうなぁ」と失礼なことを考えていた。それから別の話題を振った。


「これを食べたら、次はお待ちかねのプレゼント交換ですね」


「よし、僕は藤井のプレゼントをゲットするぞ!」


 翔太は今までと同じノリだ。そのことに矢島は違和感を覚えた。


「あれ……? 翔太ってもう藤井さんには振られたんですよね……?」


「ああ。でもよくよく考えたら、僕のことは好きにならなくていいって藤井には言ったけど、僕が藤井のこと好きっていうのに変わりはないんだよな。なあ、藤井?」


「はいはい。別に私が好きにならなくていいんなら、そちらはお好きにどうぞ」


 そんなやり取りを聞いて、クロと矢島はひそひそと話す。


「何なんだ、この関係は。喜べばいいのか悲しめばいいのか、それすら分からんぞ」


「逆になんかもう、熟年主婦のような貫禄が出てきましたね」


 藤井は翔太を見ながら言った。


「好きにならなくてもいいってことになったら、なんか山田が子犬みたいに見えてきたのよねぇ。ほら、口にクリーム付いてる」


 そう言って、翔太の口元をティッシュでゴシゴシと拭く。翔太はご満悦と言わんばかりの表情だ。クロと矢島はそんな光景に謎の苛立ちを覚えた。


「ギャハハ、人類と思われていないお前が藤井のプレゼントを貰えると思ったら大間違いだぜ!」


「ええ、翔太には渡しませんとも! このメガネに誓って!」


「な、何!? この裏切り者ー!」


 いきなり騒ぎ出す三バカ。藤井は「まーた何か始まった」と、苦笑いを浮かべる。


 プレゼント交換は、ケーキと同じくジャンケンで勝った順に欲しいプレゼントを選ぶルールにした。それぞれのプレゼントは誰が用意した物なのかは分かるが、ラッピングで中身は分からないようになっている。四人は一箇所に集めたプレゼントを囲む形で座った。


「最初はグー、ジャンケンポン!」


 第一回戦では三人がグー、一人がパーを出した。


「勝ちました!」


 矢島が勝利し、藤井のプレゼントを取る。それは手のひらくらいの大きさで、そこそこの重さがあった。


 中身は新しい手作りスノードームであった。瓶の中の飾りがサンタクロースやツリーなどのクリスマス仕様になっていて、まさに正統派のスノードームだ。


 藤井は照れくさそうに頬を掻く。


「自由研究で作るの楽しかったから、もう一つ作りたくなっちゃって」


「藤井さん、僕は毎晩このスノードームを抱きながら寝ますよ!」


「気持ち悪いからやめなさい!」


 翔太はがっくりと肩を落としている。


「いいなぁ。僕も欲しかった……」


 そんな様子を見かねたクロが藤井に訊いた。


「それなら、藤井が自由研究で作った方あげればよくね」


 今そのスノードームは、この部屋のタンスの上に飾られている。


「ダメよ。それは私の――」


 そう言いかけたところで口を噤んだ。


「私の?」


「私の……自信作なんだから、人にはあげないわよ」


「ギャハハ、残念だったな翔太!」


「うぅ……」


 続いて第二回戦。何回かあいこが続いたあと、藤井が勝利した。


「やった!」


 藤井はどのプレゼントを選ぶのだろうか。中身については形や大きさから予想するしかない。三人が注目すると、藤井は少し迷ってから小さめのラッピング袋を手に取った。


「これにする」


 それは、翔太が用意したプレゼントであった。藤井は弾んだ声で翔太に尋ねる。


「開けていい?」


「あ、ああ……」


 藤井は袋を開け、中身を取り出す。すると、チョコレートドーナツのミニチュアが付けられたキーホルダーが出てきた。


「わあ、可愛い」


 ぱあっと顔を輝かせる藤井。


「これはアタリね……。ありがとう、山田」


 そう言って、嬉しそうな微笑みを向ける。翔太は思わず目を逸らし、頬を染めた。


「へへへへへ、どういたしまして」


 そのとき、クロと矢島は目の前の状況が理解できずにいた。この二人の恋は一応終わったはずなのに、どうして失恋する前よりも初々しいやり取りになっているのか。このまま解析の処理を続けると脳がバグりそうになるので、とりあえず見なかったことにした。


 お次は第三回戦。まだプレゼントを貰っていないのは翔太とクロで、残っているプレゼントはクロと矢島が持って来たものだ。そこで矢島が問題に気が付いた。


「まだジャンケンやる意味あります? クロは僕のプレゼントを貰わなきゃ、自分で自分のプレゼントを持ち帰ることになっちゃいますよ」


「続ける。お前のプレゼントを貰うくらいなら自分のを持ち帰った方がマシだ!」


「人でなしー!」


 そこでクロは矢島のプレゼントを指差す。文庫本くらいの大きさと厚みだ。


「だって、これどう見たって本じゃねーか! 絶対ヤバい本だろ!」


「クリスマスプレゼントにヤバい本持って来ませんよ!」


 翔太とクロは向かい合い、ジャンケンの構えをする。今までで一番必死な表情だ。


「最初はグー、ジャンケンポン!」


 翔太がグーで、クロがパー。


「おっしゃああ!」


 クロは見事に一発で勝ち、物凄い勢いで自分のプレゼントを掴んだ。そして翔太は最後まで残った矢島のプレゼントを手に取る。


 あとはもう矢島を信じるしかない。まともな本であることを祈りつつ包装紙を外した。


 だがしかし、中に入っていたのは本ではなく写真の束であった。どれも矢島が写っているもので、様々なシチュエーションの矢島が揃っている。


 横から覗き込んだクロが尋ねた。


「おい、矢島。これは何だ?」


「僕の生写真セットです! 藤井さんが別の中学になっても僕のことを忘れないように!」


「お前ホント気持ち悪いな!」


 翔太は震えながら怯えている。


「僕がこのゴミを貰わなきゃいけないのか……」


 しまいには泣きそうになる翔太。するとクロが口を尖らせた。


「つーかお前らプレゼント交換なんだから、ピンポイントで藤井向けのプレゼントを用意するなよ」


「そう言うクロのプレゼントは何だったんだ?」


「花のヘアピンだ」


「お前が一番ピンポイントじゃないか!?」


「あぁん!? 男だって花のヘアピンくらい付けるわボォケェェ!」


「ていうか、そんなのウダちゃんにあげろよ!」


「そのために買ったけど勇気が出なかったんだよ!」


「使い回しかよ! 言い訳が可愛いから許す!」


 こんな風に言い合っていると、誰かが突然噴き出した。


「ぷっ。くくくく……」


 藤井だ。さっきからツッコミもせずに黙っていたが、ずっと笑うのを我慢していたようだ。


「アハハハハ!」


 とうとう堪えきれなくなり、腹を抱えて笑い出した。そんな藤井を見て三人は胸を撫で下ろす。彼女が楽しんでくれているなら、クリスマスに集まった甲斐があるというものだ。折角なので、花のヘアピンをクロのマッシュルームヘアーに付けてみた。藤井はそれを見てまた大笑いした。


 そのあとはみんなで持って来たお菓子を食べつつ、色んなゲームやトランプをして大いに盛り上がった。藤井も終始楽しそうで、素敵な思い出の一つになったことであろう。


 名残惜しいがクリスマス会は夕方にお開きとなった。クロと矢島が部屋から出て玄関に向かったので翔太も出ようとすると、藤井が翔太の肩に軽く触れた。振り返ると、藤井は部屋の外まで聞こえないように小さな声で翔太に言った。


「スノードーム、そんなに欲しかったなら、また作ってあげる」


 とても嬉しかったけど、翔太は少し考えてから答えた。


「ああ、また


「え……?」


 どうして来年なんだろうと藤井は思ったが、すぐに意味を理解し、思わず笑顔になった。


「うん!」


 こうして、一回目のクリスマス会は大成功となった。のちにスノードーム職人・藤井結奈が爆誕したとかしなかったとか。

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