水着回

 夏休みも後半に差し掛かる頃、藤井はショッピングモールへ買い物に出掛けた。広々とした三階建て吹き抜け構造の建物で、この町では最も大きい商業施設だ。そこの一角にある雑貨屋と文房具屋を巡り、好きなキャラクターの小物や文房具類をいくつか買った。どのお店も家族連れやカップル、友達グループで来ている客で賑わっていた。藤井は一人で自転車に乗って来ていたので、そんな店内を歩いていると少し寂しさを覚えることもある。


 用事を済ませ、建物の入り口へ向かっている途中、水着専門店の前を通りかかった。無意識のうちに足を止め、店頭に並ぶ色とりどりの水着に視線を向ける。形状やデザインも様々な水着が並ぶ光景は、とても煌びやかに見えた。


 自分はまだスクール水着しか持っていない。一着くらい持っていた方がいいかもしれないが、使う機会なんて滅多にないから買うのもなんだか勿体ない気がする。


 そんなことを考えつつその場から動けずにいると、横から声をかけられた。


「あっ、藤井じゃん」


 振り向くと、そこには三バカがいた。いつも三人で一緒にいるのだろうか。こちらに近づいて来る。


「あら、奇遇だね。三人揃ってお買い物?」


 思いがけず藤井に会えた翔太が嬉しそうに答える。


「ああ。今度三人で市民プール行くんだけどさ。僕たち学校用のパンツみたいな水着しか持ってないから買いに行こうってなったんだよ。お小遣いも貰った」


「半ズボンみたいな水着がいいよな」


「もうすぐ中学生ですしね」


 今ちょうど、まだスクール水着だけでもいいかとか考えていたところだったので、この三バカに遅れを取った気分になってしまった。しかし藤井には、それより聞き捨てならないことがある。


「市民プール行くの? 何それ? 私誘われてないんだけど」


「えっ」


「えっ」


「えっ」


 予想外の展開にポカンとする三人。そして、矢島が顔の前で大げさに手を振った。


「いやいや、いくら僕たちでも、プールに女子を誘うようなヘンタイじゃないですよ」


「えっ、ああ、そうだよね。私何言ってんだろ。どうして仲間外れにされたみたいに思っちゃったのかな……」


「なんだ、藤井さんも行きたいんですか?」


「……いや、別に」


「何なんですか!?」


「アンタたち、遊ぶのもいいけど、宿題はちゃんと終わったの?」


「僕は終わりましたよ」


 矢島が自慢げな表情を浮かべると、クロは口を尖らせた。


「俺はまだ。ていうか藤井はオカンかよ」


 翔太も満面の笑みでそれに続く。


「僕もまだ終わってない!」


「うん、山田はそうだろうと思った……」


 藤井も笑い返すが、目が笑っていない。


「そんなことよりさ、折角だから藤井もこの店行ってみようよ」


「まあ、それくらいなら」


 とりあえず一緒にお店の中を見てみることになった。三バカは思い思いに水着を手に取り、盛り上がり始める。


「あ、カッコイイのがある」


「ギャハハ、これは紐みてぇだぞ」


「こっちは翔太に似合うんじゃないですか?」


 楽しそうにはしゃぐ三人。藤井はそんな彼らを眺めながら思った。


 男三人が水着選びながらキャピキャピしてる……。


 何とも言えない気持ちで待っていると、三人はそれぞれ欲しい水着を選び、翔太が試着室の方を指差した。


「よし、試着するぞ!」


「え、ホントに? どんだけ気合い入ってるの……」


 引き気味の藤井をよそに、三人は試着室の一つを選び、順番に試着することにした。


 まず翔太が中に入り、しばらくしてから「開けていいぞ」と言った。クロがカーテンを開けると、翔太が水着姿でボディービルダーのようなポーズを取っていた。クロと矢島は必死に声を殺して笑いを堪える。藤井は死んだ目をしていた。


 同じようなことをクロと矢島も順番に繰り返した。カーテンを開けると、クロは水着姿でゴリラのように胸を叩いていた。矢島は尻をこちらに突き出しながら左右に振っていた。その度に男どもは笑い声を我慢しながら腹を抱えた。


 藤井は思った。こいつら、さっきから水着の感想全く言わないな、と。


 試着が一通り済むと、クロが満足気な表情で言った。


「あー、面白かった。じゃあ買うか」


 試着自体には大して意味はなかったのかもしれない。が、藤井は三バカに声をかけた。


「ちょっと待ちなさいよ」


「どうした?」とクロ。


「あそこに女の子用の可愛い水着が売ってるわね?」


 藤井は女性用水着の一つを指差した。一番気になっていた水色のワンピース水着だ。


「ああ」


「何か言うことはないの?」


「特にないけど」


「ここは流れ的に、私の水着姿も見たいって話になるところでしょ!」


「ならんわ! お前もヘンタイか!」


 そこまでの展開には期待していなかったので、三人は面食らってしまう。


「嘘よ、男子は好きな女子の水着姿が見たくてたまらないって本に書いてあったわ」


「一体何の本だよ」


「うーん、セクシーなお姉さんならともかく、同い年の水着なんか見てもなぁ」と、翔太も横槍を入れる。


「あーらら、アンタたちお子様には刺激が強かったかな? でも今日は特別に一着だけ着てあげなくもないわよ」


 藤井はもうヤケクソに見えた。仕方がないのでクロは折れることにした。


「じゃあ、分かったよ。そこまで言うなら着てみろよ」


「そんなの着るわけないでしょ、エッチ! 男子ってホント最低!」


「えぇ……」


 困惑する三人をよそに、藤井はすっきりしたような笑顔になった。


「こういうの一度でいいから言ってみたかったのよね。あ、アンタたちはもう用済みだから水着買ってきていいわよ」


「お前も面倒くさい女になったな」


 三人はレジに行って会計を済ませ、藤井と水着店の前まで戻った。


「じゃあ私、このあと用事があるから帰るね」


 そう言って別れの挨拶を交わし合い、藤井は一足先に去って行った。彼女の姿が離れていくのを見届けると、翔太は気が緩んだ様子で言った。


「危ないところだったぁ。こんなところで藤井の水着なんか見たらチンコがデカくなっちゃうよ」


「僕なんてもう半ボッキですよ!」


「ギャハハハ、やっぱりヘンタイじゃねーか」


 三バカは笑いながら踵を返し、別の店へと向かった。


 そんな下衆な会話が繰り広げられていることも知らずに、藤井は遠くから三人の後ろ姿を見つめていた。


 私もプール行きたかったなぁ……なんてね。矢島の言う通り、男子とプールに行くなんておかしい。それなのにどうして、ほんのちょっとだけ寂しいんだろう。


 藤井はどこか気持ちが晴れないまま出口へ歩いていく。すると、ショッピングモールの出入り口近くに、お祭りのポスターが貼られているのを見つけた。この町で毎年開催されるお祭りで、小規模だが花火も打ち上げられる。綺麗な花火の写真を見ているうちに、ふと思った。


 これ、私からあいつ誘ってみようかな。

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