09-Man eats Man
チャンプがハゲワシの女との"契約"について決心できないまま、二週間ほどが経った。女が返事を催促しに現れるようなことは一度もなかった。この十数日間を、チャンプは人間としての生に悔いを残さないことばかりを考えて過ごしていた。"狼狩り"の司令塔であるオキナは
店の前では、すでにエイミーが待っていた。「よう、チャンプ」少女は右手をひらりと上げて、自分の存在を示す。「あー、腹減ったー。はやく入ろうぜ」エイミーに続き、チャンプも店に入った。二人はカウンター席に並んで座る。「お前、何にすんの? あたしは味噌バター」「うーん……。おれはマルゲリータにする」トマトベースのスープにバジルとモッツァレラチーズがトッピングされたマルゲリータ・ラーメンは、この店では隠れた人気メニューだ。そんなことをチャンプは知らないが、ピザへの欲求を少しでも満たしたい気持ちがあった。「味噌バターとマルゲリータ!」エイミーが店員に向かって注文を告げる。「ここの店主って、日本人らしいぜ。本場のラーメンが食えるのって、エルシノアでもここくらいだよな」「そうなの? ラーメンって中華料理だと思ってた」他愛ない話をしている間に、二人の前に注文通りのラーメンが置かれる。エルシノアの住人で、箸を扱える者はごく少数だ。カウンターに置かれたフォークを取り、二人はラーメンを食べ始める。「そういえばさー、二人で飯食いにくるの初めてだよな。せっかくだしお前の話、聞かせてくれよ」フォークに絡め取った麺を冷ましながら、エイミーが言う。「ああ……、別にいいけど。そんなに面白い話じゃないよ」食事を進めながら、チャンプは自身の生い立ちについて語り始める。「まあ、特別なイベントとかはなかったな。生きるのに精一杯って感じ」チャンプの話に耳を傾けていたエイミーは、ほどよく冷めた麺を豪快に頬張ると、「なんだよ、つまらねー人生だな」エイミーが言う。「でも、今の仕事は刺激的だろ? ちょっとは面白くなるんじゃねーの」少女はにっと笑って、チャンプの背中を叩く。思ったよりも強い力で。「まあ……、そうかもな。屋根と壁のあるところに住むのも初めてだし」チャンプが自嘲気味に呟く。マルゲリータ・ラーメンは美味いが、スープはもう少し濃いほうが好みだと思った。「ていうか! 今ってジェリコと住んでんだろ?」エイミーがぽん、と膝を叩いて満面の笑みを浮かべて言う。「いや、ジェリコは別のところに住んでるみたいだ。たまに帰ってくるらしいけど」「はああー、もったいねえ」片手で顔を覆い、エイミーが嘆く。チャンプには彼女が何を言っているのか分からない。分からないままで黙っていると、「いや、あいつ絶対お前のこと狙ってるだろ? 若い男が好きだからなー」エイミーは痛ましげな顔をしてずるずると麺を啜る。チャンプとしても、ジェリコから向けられる好意にまったく鈍感なわけではなかった。チャンプに同性愛的指向はない。しかし、いろいろと世話になっているうちに絆されそうな自分が嫌だった。もちろん、彼には感謝しているし、尊敬すら覚えている。「まー、お前の気持ちも大事だけどさ。あいつもいいやつだから、幸せになってほしいんだよな」食事を終えたらしいエイミーは口元を紙ナプキンで拭いながら独り言のように呟く。ほぼ同時に、チャンプもマルゲリータ・ラーメンを完食した。やや薄味なこと以外には、概ね満足だった。二人は代金を支払い、店を出た。軽く別れの挨拶を交わし、それぞれの帰途に就く。ネオンの光で彩られた街の中を、チャンプは進む。呼べばすぐにタクシーはやって来るだろうが、今夜は歩いて帰りたい気分だった。
車はすぐにやってきた。チャンプは今殺したはずの男を引きずってタクシーに積み、自身も乗り込む。「
ジェリコの邸宅前に到着した。代金を支払い、男を引きずりながら玄関まで歩くチャンプを、ジェリコが出迎えた。「チャンプ! よくやったね」「ああ……。とりあえず連れてきたけど、どうするんだ?」「いろいろと調べてみる。体内にムーングロウが残留していれば、手掛かりにもなるしね」ジェリコは男の身体を軽々と担ぎ上げると、彼が"仕事場"と呼ぶ部屋へと向かう。チャンプも後をついていく。安楽椅子に男を寝かせると、ジェリコはその頚部ポートにケーブルを接続する。「驚いた。チップが完全に損傷しているのに、まだ生きてる」サイボーグの男はモニターを見つめながら呟く。それから、男の身体をまじまじと観察する。「爪もかなり伸びている。ムーングロウの使用者は、代謝が異常に活発になることが知られているんだ。この男は、間違いなく"人狼"だね。お手柄だよ」「でも、殺しきれてないならどうするんだ? いつか復活してまた暴れられるんじゃ……」言ったあと、チャンプは抜かったと思った。ハゲワシの女は、ムーングロウが不死の薬であることを口止めしていたはずだ。そんな心配をよそに、ジェリコは思案に耽り続ける。二人の間にしばし沈黙が流れた後、ジェリコが口を開いた。「とりあえず、
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