のー。
ーー結局、俺じゃねぇんだよなぁ。
静かに悲鳴に近いため息をつく。
俺が髪をとかしてやらないと、ボサボサのままで。
朝ごはんを作ってやらないと一日中何も食べない。
自分では何もできないくせに。
いっちょまえに「私がいれば大丈夫」だなんて。
お前は確かに綺麗だった。
男のくせに気持ち悪いと女であることを否定されても。
私は綺麗よと輝いていた。
そんなお前は愛に堕ちた。
性別の外側にある、愛に狂った。
彼に抱きしめてほしい。
名前を呼んで貰えば十分。
私を抱きしめながら誰かにキスをしていてもと
苦しそうに焦がれ続けるお前に堪らなくなった。
なんで俺じゃダメなんだ?
そいつじゃないとお前は生きていけないのか?
叫びたい俺の声は。
静かに俺の中で蓋をされた。
髪をとく度に香る、甘いシャンプーの香りと。
寂しそうに笑うお前の瞳が。
愛おしくて愛おしくて堪らないのに。
お前が求めたのは俺じゃない。
お前が愛したのは俺じゃない誰か。
ほんと、報われないな俺。
自嘲気味に苦笑して。
ベランダのドアを閉めた。
「煙草休憩終わったの〜?」
じゃぁ、髪乾かしてぇ〜とねだる彼女に。
自分で乾かせ馬鹿と言いながら。
ドライヤーのプラグをコンセントにさした。
「よっ、いい男!」
うるせぇ。
人の気も知らないで。
無防備に俺に身を任せてくるなよ。
記憶の媒体 森凪 @mokaka02
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