記憶の媒体

雨の中

雨の中。

白い息を吐いて、走る。

荒い息遣いと泥の中を進む足音。

ストップウォッチの音と、怒鳴り声。

息絶え絶えにに「ファイト！！」と声を掛け合う。

膝から血が出て止まらぬまま走り続ける。

心臓の音が自分の中でこだまして。

足を動かすことに私たちは称賛した。

頑張れ。

もう頑張っているのに。

私たちは声援を送ることをやめない。

頑張ることを頑張れ。

前に走る仲間の姿がやけに小さく見えて。

自分の足が止まりかけていることに初めて気づく。

私たちは「あとちょっと」だけは言わない。

膝に手をついて息を整えない。

荒い呼吸のまま。

自分の抜けてきた泥のゴールになお。

「ラストーー！！！」

仲間に追い打ちをかける。

「ナイスラン」

よく頑張ったねなんて言わないし、

言われたくもない。

「ナイスラン」

この五文字に。

全部込められている。

芝生に倒れ込んで。

一緒に転がった仲間と雨を受ける。

雨は称賛。

雨は慰め。

雨は私たちが走った跡。

雨音が私たちの足音をリプライする。

喧騒の中。

誰か倒れ込んだ音と足音が。

私たちに降り注ぐ。