第4話 7万ヘルツの交流でち!


ハムスターに転生してから、やたら臭覚と聴覚が良くなったぜ。ドがつくほどの近眼にもなって鈴木が顔を寄せない限り見えなくもなったが。


まあ、それはそれで、鈴木の甘い香水の香りとかおでこにキスとかあるから悪くはないが...ぐへへっ



それにしても、夜になるとやたらと回し車を全力疾走するカッコイイ俺に誰かが話しかけてくる。いびきのひどい鈴木にはなれた。


また違う声が......。



「おい、おいっ、ハム公、応答どぞっ」

かなりのダミ声のオッサンの声だ。俺は二本足で回し車を止めて立ち、匂いや聴覚を研ぎ澄ませるが鈴木の匂いといびきしか聞こえない。


無視して走りだそうとした時だ。

「聞こえてるんだろ!若者よ!サムよ!」

さすがに「は?」と声にならない声がでた。


俺の名前を知っているのは、鈴木と鈴木の同僚の友人の女友達だけだ。


「おまえ、ハムスター初心者か?」

ハムスターに初心者も玄人もいるのか。


「俺は、お前さんの飼い主が住む同じアパートに暮らしている男子大学生に飼われているハムスターの、徳正(とくまさ)だ」

ずいぶん、シブい名前だな。


俺が黙っている事をいい事に、徳正は話し続ける。


「お前、ハムスターが7万ヘルツの周波数をだして交流する事もしらんのか?」

7万ヘルツ?!確か、人間が聞こえるのは2万ヘルツまでだ。


「でもよう、俺の飼い主は大学生だろ?昼間はいねえし、最低限の食事しかださねえし、夜はバイトで世話しかしねえ、話し相手が欲しかったが、お前さんの飼い主は大変そうだったから、黙ってやっていた」

何だか偉そうなのがカチンとくるが、ハムスターに転生してから初めて会話ができるのはありがたかった。


徳正は、自分はジャンガリアンハムスターの3歳で先が短いこと、飼い主の大学生は息子のように可愛いが、そっけないこと、毎日おなじルーティンでつまらない事を話す。


「はあ......大変っすね....」

とりあえず、人間時代の営業のスキルを活かして話を流す。


「でもな、数ヶ月前からお前が来てから、俺はうれしくてな、長生きも悪くねえと思ったんだ」

新橋で疲れきり、背中に哀愁すらまとわせた定年前のサラリーマンを思い出す。


「俺は、白内障に皮膚ガンにもなって、体もほとんど動かせねえ、悪いがたまに話し相手になってくれねえか?」

俺は転生前、すでに人間時代に親父と話した最期の会話すら思い出せない.....,。


親父も母さんも、俺が死んでから元気なのだろうか.....。


考え事をしすぎていたら、徳正の咳き込む声が聞こえた。


「サムさんよ、あまり深く考えないでくれ、さみしい老人相手の話し相手になるだけだ、またよろしくな」

そこで、突然トランシーバーが切れたように声が途切れる。


そうか、人間だろうがハムスターだろうが、歳を重ねれば寂しいのか。


まだ夜明けもきていなかったが、俺は鈴木が盛大にいびきをかきながら眠るのを確認してから、ひまわりの種を2.3粒、頬袋に入れて部屋に入った。


7万ヘルツの交流は、どうやら人間関係と同じでやっかいで切ないらしい。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

続!転生したら好きな女のハムスターでした! 長谷川 ゆう @yuharuhana888

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ