第五話「誰かあの異常者から私を助けてください」

 昼下がりの南都カントカの市街地、武器屋、空き家、カフェテリア、銀行、質屋、注射器屋、保険会社、さまざまな店舗が店を構えている。

「なんだか騒がしいですね」

「そうだね」

 昨日は手に入れたお金で宿に泊まった。そして今は食料品や衣料品などのショッピングに来ていた。僕とノミア、トリプトとヒスチンは互いに手を繋いでいる。

「はーなーせー!」

「はっはっは、別に掴んでないぞー、お互いのおててを融合してるだけで。それに手を離したら逃げ出すじゃーん?」

「逃げられないことくらい分かってるわよ! あんたはただ苦しませたいだけでしょ!」

 二人はいつものごとく諍い合っている。身長差のせいで駄々をこねる娘の手を引く父親のように見える。あるいは誘拐現場。こっちもこっちで騒がしいが、ノミアが言っているのは道の反対側で起こっている揉め事のことだろう。

「おー、何の騒ぎだー?」

「はぁ……はぁ……、……?」

 向こう側の道ではボロボロの裁判官の制服のような服を着た男性が短刀を振りかざし、ベビーカーに乗った少女を斬りつけようとしている。そして男性から少女を守ろうとエプロンを着た女性が傘を持って応戦している。渦中の少女と言えばしきりに助けてと泣き叫んでいる。

「どうしましょうか、宿に行くならここを通りますが」

「うーん、助けるべきなのかなぁ」

「あんなの関わり合うだけ損よ、早く離れましょう」

「そうだな、ヒスちんの言う通りだ。早く助けに行こう」

 そう言うとトリプトは懐からさっき買ったサングラスをかけた。

「は、はあ!? そんなこと言ってないでしょ!」

「おいおいおい、お前らは困ってる人が目の前にいるってのに、見捨てるって言うのか? 見損なったぞ!」

 トリプトはたぶん揉め事に茶々入れたいだけだろうが、言わんとすることは分からなくもない。

「……そうだな、助けるべきだ。だからトリプト、まずはお前が行ってこい」

「ちょっ、私たちが関わり合うことは無いでしょ! 警察にでもやらせれば良いじゃない!」

「うるせー! 突撃じゃー!」

 トリプトはヒスチンの手を離し、そのまま突っ込んでいった。そして一瞬にして男性と女性の二人を殴り倒して地面と体を融合させて張り付けた。

「大丈夫かい? お嬢さん」

「え……ぁ……」

「いや待て、なに母親まで倒してるんだよ」

 ヒスチンを引きずりながらトリプトへと近づく。三人とも暴発の対象にならないため、能力者ではないようだ。

「え? いや……母親なの? あの人」

 トリプトが片膝をついてサングラスを頭に上げ、ベビーカーに乗った少女に問いかけると、少女は怯えながら必死に否定する。

「ち、違う! お母さんなんかじゃない!」

「だよね」

「え……違うんですか?」

「私はその子の父親よ!」

 地面に張り付けられた女性が甲高い声を張り上げる。服装も、体格も、骨格も、風貌は女性以外の何者でもない。

「え……ジェンダーって奴なんですかね」

「違う! こんな人知らない!」

「ぐぅ……貴様らぁ! こんなことをしてタダじゃおかないぞ……!!」

 地面に張り付けられた男性がドスのきいた声を唸り出す。そばには地面に融合された時に落とした短刀が転がっている。

「こっちも知らない人だよね」

「知らない! 知らない!」

「どういうことなんですか……?」

「あ! あの、……、ベビーカーから、下ろしてください……壊しても良いですから」

 よく見ると、ベビーカーは南京錠や鎖によって抜け出せないようになっていた。トリプトは立ち上がると、融合によって少女とベビーカーを透過させて少女をベビーカーから取り出した。少女は目の前で起きた不可解な事象に激しく困惑していた。もしかしたら能力の存在を知らないのかもしれない。

「え? え? い、今、どうやって……」

「で、何があったの?」

 何事も無かったかのようにトリプトは少女に向き直って問いかける。

「あ、はい。えっと、え?」

「そいつはなぁ! 被害者なんだよぉ!」

 男性が声を遮って捲し立てる。

「良いか! 被害者はなぁ! 悪いことをしたから被害に遭うんだ! そいつは悪人なんだよぉ!」

 男性の舌頭に女性が弁駁する。

「違うわ! 私の娘は被害者でも、ましてや悪人なんかじゃない! それにそもそもあなたの理屈は間違っているわ!」

「悪人だから俺が正義の鉄槌を下そうとしていたんだ! それなのにどいつもこいつも邪魔しやがって!」

「あなたは私とも娘とも初対面でしょう!? 私の娘の何を知っているって言うの!」

「黙れ善人! 俺は聞いたぞ! そこの女がお前に捕まって助けを求めて叫んでいたのをなぁ!」

「私の娘は反抗期なだけよ! だいたいいきなり殺されかけた娘の気持ちも考えられないの!?」

「罪人の気持ちなんて」

「うるさい!!!!」

 少女が一際大きな声を張り上げる。男性が取り落とした短刀を拾い上げ、両手で握りしめる。そのまま男性の頭へと振り下ろした。

「ぎゃっ」

「ふざけんじゃないわよ人を悪者扱いしやがってその上意味不明な思考で殺そうとしてきたお前が何を正義面してんだよ!!!!」

 何度も何度も短刀が振り下ろされ、始めは鈍く硬かった音が段々と水気を含んだぐちゃぐちゃとした音へと変わっていく。

「だ、だめよ娘ちゃん。いくら襲われたとしても相手を殺しちゃ」

「黙れえぇぇぇ!!!!!!!!」

 少女は女性の方へと向き今度は女性の頭へと短刀を振り下ろす。

「女のくせに父親面してお父様を穢しやがってその上自由を奪って私を赤子扱いしてキモいんだよ死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ねぇ!!!!!!!!」

 深い憎悪のこもった怨嗟の声が轟く。あまりの気迫に声をかけることはできなかった。

「はぁ……はぁ……」

 カラン、と短刀が地面に落ちた。同時に少女が気を失い、力なく赤い水溜まりに倒れる。

「ひいぃぃぃ! だから関わらない方が良いって言ったのにぃー!」

「な、なにがなんだか……」

「どういうことだろ? ま、早くこの場から逃げた方が良いかなー」

 そう言うとトリプトは少女を融合によって自分の体の中に取り込むと、宿の方へと走り出した。ヒスチンが真っ先に走り出し、それを追うように僕とノミアも走り出した。

「チェックイーン!」

「イーン!」

 受付と威勢良く返事をし合いながら宿の借りている部屋へと逃げるように駆け込んだ。

「はあ……どうするんだよその子、というかなんで連れてきたんだ」

「助けを求められたから助けただけだよー。それにおもし……何があったんだか説明して欲しいところだし。ま、とりあえず風呂でも入るかー」

「えぇ……いや、それもそうか」

「はぁ……はぁ……待ちなさいよ、あんたたち……」

 血で汚れた少女の体を洗うためにも買っていた服を持ってお風呂場へと向かった。脱衣所でお風呂場にも人がいないことを確認して、トリプトが体から少女を排出する。一向に意識を取り戻す気配がない。

「洗うのはヒスチンにでも」

「嫌よ! なんで私が洗わなきゃならないのよ!」

「じゃあ誰か来ないように見張ってろ」

 渋々といった態度でヒスチンが出入り口の近くで待機し、少女はノミアが洗うことになった。四人ともタオルを体に巻いて、お風呂場へと入る。ノミアが少女の血塗れの服を脱がして、その近くに僕とトリプトが座った。

「はい、この服洗ってください」

 ノミアが少女の服をトリプトへと投げる。トリプトは桶にお湯を入れて揉み洗いをする。

「とりあえずこの子が起きたら事情を聞こう。何があったんだか」

「全然落ちん」

 トリプトは服を持ち上げて汚れを見る。桶の中は赤く染まっているが、服にはまだまだ血がついている。

「融合の能力で服と血液を透過させて分離してみたらどうだ?」

 暴発は相手の能力を理解することができる。融合の能力の仕様上、それができるはずだ。

「お兄様、洗い終わりました」

「分かった、ノミアは自分の体を洗って」

「はい!」

「あ、ほんとだー! めっちゃ簡単に汚れが取れるじゃーん」

 ノミアが体を洗い終わった後、今度は僕が体を洗う。いつトリプトやヒスチンから攻撃されても反撃できるよう、僕とノミアは入れ代わりで常に片方が二人を視界に捉えておくことを心がけている。そしてすぐに動けるように体を洗うのも手早く済ませる。そうして体を洗い終えると、気を失ったままの少女に持ってきておいた買った服を着せて部屋へと戻った。

「う、うーん」

「やっと起きた」

 少女が目を覚まし、上半身だけを起こして辺りを見回す。

「ここは宿屋だよ、君が二人の頭を滅多刺しにした後、倒れちゃったからね」

 トリプトが少女の目を見ながら説明をする。

「あ、そうだったんですか……助けてくださってありがとうございます」

「いいよいいよー、それよりも、何があったのか説明してくれるかな」

「あ……はい、分かりました」

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