第三話「仕方がないので今日は野宿ということで」

 目の前で拘束されている男と女、男は身長がおよそ二百センチメートル、少し伸ばしている金髪は外にはねて目にかかるほどの前髪をし、屈強な体つきの上にぶかぶかとした妙にチャラい服装を着ている。能力は『融合』。

 『融合』は、物体同士を融合させることができます。能力の発動中に能力者の身体は透過し、物体がすり抜けるようになります。物体が身体をすり抜ける程度は能力者の意思で決めることができます。能力の発動中に身体をすり抜けている物体同士もお互いにすり抜け、能力者の意思によって融合させることができます。融合は実在しないものには発動しません。

 女は身長がおよそ百五十センチメートル、ふわりとした髪質の白髪は肩まで伸ばしており、華奢な体に元は華美な装飾が付いていたであろうボロボロに汚れたワンピースを着ている。能力は『命令』。

 『命令』は、物体に命令を出すことができます。命令は能力者が命令の意思を持って物体へ発話、もしくは接触した時に発動します。命令された物体の能力を超えた命令は発動しません。命令は生物には発動しません。

 どうやらこいつらは金に困って銀行強盗を企てていたらしい。

「というか金が欲しいならそいつの能力でATMからいくらでも取り出せるんじゃないのか?」

「いや違うんだよ……そこはほら、もっと派手に盗んでやりたいんだよ」

 男はちらりと女の方を見る。

「あとこいつは無能だからやりたくないやりたくないって文句しか言わない」

 何言ってるのか分からないが……さて、こいつらをどうしたものか。

「私とお兄様のデートを邪魔した者には裁きを」

「ストップ、こいつら頭はおかしいが能力は強力だし、殺すよりも上手い具合にこき使おう」

 ノミアはこいつらを裁きたいみたいだが、男の方は能力が攻撃力、防御力に優れ、シンプルに体格も良く力もあるだろう、前衛として使える。女の方は能力の適用範囲が広く、後方支援など間接的なサポート能力として有用だろう。性格は終わっているが。

「ま、待って悪いのはこいつで、私は無理やり命令されてただけなの」

「なんと言われようとお前たちのせいで死にかけたのは事実だから、さらにその上で負けたお前たちに拒否する権利は無い」

「ま、所詮この世は弱肉強食ってわけで仕方のないことだ。負け犬同士、一緒に仲良くこき使われよーぜー」

 男の方が女に向かって良い笑顔で声をかける。

「馴れ馴れしくしないでよ! 大体初めっから全部あんたのせいで……」

 しかし、なにやら男と女には上下関係があるように見える。戦闘中も男が女に向かって命令していた。女は保身に走っているが男の方は負けを認めてこちらに従う素振りを見せているし、こいつらを仲間にしてみるのもアリかもしれない。性格は終わっているが。

「さて、奇遇なことに僕らもお金が入り用でね。殺されかけたことはこの際置いといてやる、ここは互いに協力して金を稼ぐぞ。拒否権は無い」

「お兄様、それなら自己紹介をしておきましょう」

「そうだな、俺はアミノ」

「私はノミア、あなたたちの名前は?」

「あー、俺はトリプトファー。気軽にトリプトって呼んでね。こっちは泣き虫ヒスチン」

「うぅ……なんでこんなことに」

「じゃあ、金を稼ぐ方法を考えよう。銀行強盗はなしで」

「アミノさんさあ、そうは言うがな、まずこんな大騒ぎしておいて金を稼ぐとか言ってる場合じゃないんじゃないと思うよ。とりあえず場所を変えるべきじゃないかね。あと手錠外して(はーと)」

 外に人こそいないものの、市街地の中で二本の街灯がぐちゃぐちゃにへし曲がり、街灯に突っ込んで前面がべこべこに凹んだトラック。そして、二人が手錠で磔にされて、それを前に脅している二人。

「……そうだな、このトラックってお前のか?」

「え、うん」 

 とりあえず、まだ動くことができたトラック、僕は運転席に、ノミアは助手席に乗り込み、トリプトとヒスチンを手錠に繋いで荷台に入れて人のいない郊外の方へと行った。

「それでどうしますか? こいつらを仲間にすると言うなら私は良いのですけど」

「お金に関してねぇ。うーん、どこかしらで働こうかと思っていたんだけどなぁ、あんな騒ぎを起こしちゃったしなぁ。警察は定休日だったのが幸いだったけど」

「それだけじゃないですよ、SNSによると各地で能力者たちが暴れまくっていて、非能力者たちによる排斥運動が起こっていますよ。それに比例して能力者たちから身を守るために自ら能力者になるものたちも増えていっています」

「それだけじゃないぞー、能力者同士での縄張り争いのような戦闘まで出てくるようになってるぞ」

 後ろの荷台からトリプトが会話に混ざる。女の方はうずくまってブツブツ呟いてたのに、こいつ、何故か分からないんだが妙に大人しいというか聞き分けが良いというか、馴れ馴れしい。負けたくせに。

「そうだな、お前ら襲ってきたもんな」

「悪かったって。あ、それとさー暴れた能力者たちに特別懸賞金がかけられてるぞ」

「懸賞金?」

「そ、だからそいつら捕まえてみたらいいんじゃないかなー。ちょうどさっきまでいたあそこもそんな指名手配犯が暴れたから人がいなかったわけだし」

「なるほど、そいつを捕まえれば……いくらなんだ?」

「たしか一万ドルくらいだったかなー」

「安いけど、数日は凌げるか」

「そのうち俺たちも指名手配犯になりそうだけど笑」

「排斥運動は都会ではあっという間に広まっているみたいです、能力者ってだけで差別されてるようですね」

「ぶっちゃけ能力者に対する排斥運動のせいで俺たちもこんなところまで来たわけだしなー」

「……うぅ、お腹空いたよぉ……お手洗いに行きたいよぉ……」

「ヒスちんうるさい」

「野宿するか」

 結局良い案は浮かばず、日も暮れた。今日はトラックで一夜を過ごすことにする。田園風景が続く畦道の中途で車を停める。

「ノミアは大丈夫?」

「ええ、お兄様と一緒であれば、たとえ火の中水の底でも、ついていきます」

「……そうか、無理はしないでよね」

「随分仲がよろしいことで、もしかして付き合ってんの〜? ひゅーひゅー」

「兄妹だよ、そういうお前たちの関係はどうなんだ」

「ん? ヒスちんは俺の下僕だよ」

「違うわよ! あんたがいきなり襲ってきて逆らえば殺すって脅してきたんでしょ!」

「あー、まぁいいや。今日はもう寝るから」

「待ってください、お願いします。後生ですからお手洗いに行かせてください」

「……分かった」

 ヒスチンの手錠を消して、外に出す。が、走って逃げ出した。そして足に手錠が生み出されてすっ転んだ。

「きゃあっ」

「あーあ、だから俺は言ったのになー、どうせ逃げられないのにって」

「あなたそんなこと言ってましたっけ……?」

「おーい、さっさと済ませないとそのままこっちに引き摺り戻すからなー」

「うぅ……なんでよぉ」

 数分後、ヒスチンは自らの足で戻ってきた。転んだせいで顔や服は泥に塗れて、泣きながら。

「それもこれも全部あんたのせいよぉ……」

「はいはい笑」

「寝るから静かにしてよね」

 あっという間に辺りは闇に包まれ、街灯も灯りもない郊外では、日が落ちれば夜空に光る星の輝きが綺麗に見える。静寂が襲ってきて、ノミアの寝息だけが聞こえる。ノミアは僕の右腕に抱きつくとすっと眠りについてしまった。これからどうしようか。ノミアには苦労をかけたくない、でもノミアは僕に依存していると思う。ちゃんと自立できるようにしていきたいなぁ。それだけじゃない、もっといろんなことを経験させてあげて……もし僕が先にいなくなったとしても、ノミアがちゃんと生きていけるように。ぐちゃぐちゃとした思いを抱えながら、星が落ちるのを見て、僕は瞼を閉じた。

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