第二話「トラックを突っ込ませただけなんだけど」

 昼下がりの南都カントカの市街地、武器屋、空き家、カフェテリア、銀行、質屋、注射器屋、保険会社、さまざまな店舗が店を構えている。一昨日、政府が突然発表した実験によって能力を得た者たちが暴れたせいで、人通りは無い。そんな中で唯一いるのは手錠を繋いで仲良く歩いている男女二人だけだった。男も女も肩まである黒い髪にタレ目がちの黒い瞳、簡素で情報量の少ないブレザーを着ている。学生カップルなのかもしれない。そんな男女を視界に捉えながら俺たちはトラックの前にいた。

「さぁーて、時間だ。ヒスちんの出番だぜ」

「ひいぃぃー、イヤですぅ!」

 ヒスちんは頭をブンブンと横に振りながら拒絶の反応を示す。だが、呻くヒスちんの頭を掴みながら言う。

「そうか、そうか。トラックで人を殺して金を盗むより、今ここで頭を握り潰されて死ぬ方がお望みなのか、いやーなんて献身的なんだ、感動した」

「やりますぅ〜潰さないでぇ」

 ぐすっ、ひっくと泣きじゃくりながらヒスちんは命令する。

「うぅ……突っ込め」

 その言葉に従ってトラックはエンジンを吹かし、タイヤは回転し、あっという間にトップスピードまで加速しながら走り抜け、右側にカーブしながら街灯へ激突した。

「は?」

 明らかに不自然な挙動をしながらトラックは街灯へぶつかっていった。見ると、おそらくトラックのフロントあたりから伸びた手錠と街灯が繋がっていた。男と女、俺とヒスちん、互いに視線が交叉し、いつの間にか二人を繋いでいた手錠を外していた男と女は、密着しながらこちらに向かって走ってきた。

「ひいいぃぃ〜!?」

 距離にして二十メートルほどか、女から手錠の片側を投げつけられた。二の腕ほどもない大きさだった手錠の鎖が一瞬にして伸びる。明らかに能力によって生み出された手錠であり、接触による能力発動、手錠という形態から拘束などがあり得る。そう判断して、近くにあった自転車を盾にするように手錠に投げてぶつける。

「離してぇ!」

 すると、ガシャァと大きな音を立てて車輪の部分やシートステイを手錠は掴み、消えた。実存の手錠と違って腕輪部分が回転するのではなく、まるですり抜けるように手錠は自転車を掴んだ。おそらく女の持つ能力は接触した物体に固定される手錠の生成と消除、そして手錠の鎖を伸ばすことができる。先ほどのトラックの不自然な軌道もトラックと街灯を手錠で繋いで、大方縮ませたのだろう。伸ばすことができるのであれば、縮ませることも可能な蓋然性は高い。しかし、遠距離から手錠での攻撃が可能であるのに、射程の利を捨ててわざわざ距離を詰めてきたのは……

「殺されるー!」

 それは男の方の能力が近距離において有効だから。女の方は能力がバレることなど気にせず攻撃してきたが、分かったところで対策しづらいのが厄介なところだな。逆に言えば能力を使ってきていない男の方はバレれば対策を取れるようなもの、あるいは発動条件を満たしていないだけか。少ないながら能力に関する情報を集めていたが、俺の能力を含め近距離において有効な能力の多くは対象への接触によって発動条件を満たすものが多い。近距離での戦闘であれば俺の方が有利、勝算はある。女の方の能力は俺の能力と相性が悪い公算が限りなく大きい。だが、ヒスちんの能力が手錠に対して有効な可能性もある。ならば迎え撃つ。

「いやぁーー!!」

 しかし、間合いが五メートル、それ以上踏み込めば一撃を叩き込まんとした時、男と女は体と後ろの建物を繋ぐように生成された手錠の縮む力によって後方へと俺たちから距離を取った。女の手錠は物体同士を繋げるように生成することもできるようだった。強制的に俺たちへと手錠を繋げてこないとなれば、物体同士を繋げるように生成する場合の発動条件はおそらく接触か、面倒くさい。だがそれよりも、さっきまでこちらに近づこうとしていたのに、急に距離を取ったことが気になる。反撃しようとしていたのを気取られた? いや、反撃なんて想定していて然るべき、承知の上で接近してきたはず。そもそも攻撃のために接近をしていなかったか。あるいは、既に能力の発動条件を満たされ攻撃されたか。

「あ、あれ? あいつら離れましたよ? 今のうちに逃げましょう!」

 男は女に向かって小さく何か話している。俺はヒスちんを左脇に抱え、相手へと話しかける。

「きゃあぁぁぁ!」

「まったくさぁ、初対面なのに……ずいぶんなご挨拶じゃん? もっと仲良くしよーぜ」

 友好をアピールするが、男は何も答えずに拳銃を取り出して発砲した。弾丸は掌で受け止められたが、それは俺ではなくヒスちんの方を狙っていた。

「っひぃ」

 ダンッと足を踏み出し距離を縮めようとすると、女が手錠を生成し、ビルの壁面へと投げつけて繋げ、縮む力で二人は壁面へと逃げた。やはり俺の能力がバレている。俺の能力は『融合』、能力の発動中、自分の体が透過し、触れている物体と物体を混ぜ合わせることができる。透過しているため物理的な攻撃がほぼ効かなくなり、相手へ触れていれば地面や壁に融合させて動きを封じて殺すことができる。しかし、接触しなければ攻撃できない以上、距離を取られれば意味も無い。わざわざ射撃を俺ではなくヒスちんの方を狙ったのも、先ほどまで接近しようとしていたのに一度離れた後は全く近づこうとしないのも、俺の能力がバレたからだろう。能力がバレたのは、間違いなく接近された時。ならば男の方の能力は相手の能力の把握、俺への接近によって何かしらの発動条件を満たしたのだろう。そして、俺の能力がバレているならヒスちんの能力もバレていると見て間違いない。

「ミスったな〜」

 能力がバレてしまった以上、このまま逃すわけにはいかなくなった。

「だがまぁ、これも、想定範囲内」

 嘔吐くヒスちんに向かって話しかける。

「ヒスちん、女の方の能力は手錠を生み出す能力だ。だからヒスちんの命令で手錠を外せるかもしれない」

「な、なんで私が」

「黙れ、やれ。殺されたいのか?」

「……うぅ」

 ヒスちんは無能なグズだから捕まえていないと今すぐにでも逃げ出す。とりあえずはヒスちんを脇に抱えたまま、ゆっくりとビルに近づいて、右からトラックが迫ってきた。

「なっ」

 ヒスちんを離してそのままトラックに轢きずられ、街灯とトラックにサンドされて押し潰される。能力のおかげでダメージは無かった。だが、何が起こったか判断をする前に、投げつけられた手錠が左腕に掛かったのが見えた。

「ぐっ」

 何か動く前に手錠の鎖が縮められ、同時に右足、右腕、左足と次々に手錠が投げつけられ、街灯とビルの壁面の間、Xの形、磔にされた罪人のように、蜘蛛の巣に掛かった蝶のように、宙に浮いて拘束された。横を見ればヒスちんも同じように手錠で宙に拘束されていた。

「いやあああーー!!」

 悲鳴を上げるばかりで能力を使おうともせず、ヒスちんは全くもって使えなかった。まぁ、元から期待なんてしていなかったけど。おそらく俺たちが最初に突っ込ませたトラックと、最初にトラックとぶつかった街灯とは別の街灯の間の直線上に俺が来た瞬間、その二点を繋ぐように手錠を生成して鎖を縮め、俺たちを攻撃したのだろう。男と女はビルの壁面から手錠の鎖を伸ばして地面に降り立ち、俺たちへと話しかける。

「はぁ、とりあえず能力を発動させたり何か動こうとしたら殺す」

 たぶん四肢に繋いだ手錠の鎖を縮ませて八つ裂きにするつもりなのだろう。そういえばそんな処刑方法があったような。

「わたっ、私はこいつに命令されてたんです! だから助けてくださいっ!」

「あーはいはい、とりあえずこっちの質問に答えようね」

 融合の能力は実存の物体に対してのみ有効、女の手錠のような能力によって生成された現実に存在しない物体には能力が効かない。体は宙に拘束され動かせず、能力もバレて意味を成さない。唯一対抗できそうなヒスちんは泣き叫び、保身に走るばかりであまりにも役に立たない。詰みである。ただまぁ、まだ死んでないし、できる限りは死なないように抵抗しておこうかな。

「なんで攻撃してきた」

 話にならないヒスちんの方から、今度は俺に向かって男は話しかける。

「お前らに攻撃なんてしてないぞ」

「はぁ? トラックを突っ込ませてきただろ」

 なるほど、トラックを突っ込ませたのが攻撃だと勘違いされていたみたいだ。たまたまトラックの進路上に重なっていたために。

「いや、アレは銀行に突っ込ませようとしていただけで別にお前らを狙ったわけじゃない」

 どうやら不幸なすれ違いだったみたいだ。お互いがお互い、相手に攻撃されたと勘違いしていた。

「銀行……? 何故……?」

「そりゃあ銀行強盗するためにだよ」

「……」

「……」

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