絶望のゴミ捨て場

皆乍私語

第一話「妹になんか変な能力が芽生えて襲われた」

 ここは南都カントカ、そこそこ発展してるようで十数年前から全くと言って良いほど成長していない場所である。そんなカントカの中央から離れた郊外で辺境の地に、兄と妹が仲睦まじく暮らしていた。


「で、これはいったいどういうことなのか、説明してくれない?」

 入居者がほとんどいない、古さびた集合住宅の一室、妹に手錠を繋げられた兄が問いかける。

「……お兄様、最近のお兄様は私に構ってくれません」

 妹が涙ぐみながら、兄と繋がる手首に掛かった手錠を愛おしそうに撫でながら、答える。

「だから私と手錠で繋がれば、一緒にいられますよね?」

 てへっと、なるべく可愛らしく見えるように妹は言う。

「お前が僕を束縛しようとするのは今に始まったことじゃあない。そうじゃなくて、この手錠だよ」

 妹はくすりと笑い、ポケットからスマホを取り出してとあるネットニュースを見せる。

「お兄様は流行に疎い、遅れてます。もっと情報を仕入れましょう」

「いやいや、遅れてるのはお前の……」

 本日未明、謎の超常現象が発生。民草に異常な超能力が授けられたとみられ、政府からの発表によると、『じっけんのためにきかんげんていでのうりょくをめざめさせることができるようにしたよー』とのことです。この実験による影響で治安が悪くなることが見込まれます。以上、南都カントカネットニュースでした……

「何これ」

「分かりませんか? 今なら超能力獲得バーゲンセール中なんですよ!」

「あー……じゃあ何にも無かったのに急に手錠が生まれたのも」

「そう、私の超!能力です!」

 むふー、と妹がドヤ顔。兄はウザがる。

「分かった分かった、とりあえずどうやったらその超能力は手に入るんだ?」

 妹は手をバッテンの形にしながら首を振る。

「ダメです」

「なんで」

「お兄様は私と一緒にいなくちゃいけないからです」

「そっかー」

 どうしようかなー、と兄は頭を働かせる。そんな合間にも妹は兄に抱きついて頬擦りをする。

「でも、僕はノミアと能力を持ってお揃いにしたいな」

「ええ〜仕方ないですねー。ほら、このサイトでなんやかんやすると手に入れられるみたいですよー」

 スマホに映るのは灰色の背景に、のーりょくてにいれる?という文言の選択肢のみ。兄が迷わず押すと、キラキラと天の川のような光が画面から溢れ出した。

「うえっ」

 あなたが手に入れた能力は『暴発』です。

 『暴発』は、半径五メートル以内にいる能力者の能力を強制的に発動させることができます。発動させる能力の対象や範囲を自分で決めることができます。また、有効射程内に存在する能力者の能力について理解することができます。

 『手錠』は、手錠を能力者が生み出すことができます。能力者の手元、もしくは能力者が触れた二点を繋ぐように生み出すことができます。能力者の手元に生み出された手錠は物体に接触するとその物体と固定されます。また、手元に生み出された手錠は能力者の意思が無ければ能力者の身体に固定されません。生み出された手錠の鎖は能力者の意思によって伸縮させることができます。手錠は鍵穴が存在せず、外すことも破壊することもできません。しかし、能力者の意思によって手錠そのものを消すことができます。


「……あー、とりあえず」

 兄は能力を発動して能力を暴発させ、兄とノミアを繋ぐ手錠を消失させる。

「な、え、なんで……」

 手錠が消失したことにノミアは驚いて、またすぐに手錠を生み出す。が、それもまた兄に消される。

「とりあえず動くのに邪魔だから今手に入った能力で消させてもらったよ」

「お兄様ひどい! これはただの手錠じゃないんです。愛情なんです! いえ、愛錠なんです!」

「えぇ……」

 ポカポカと殴るノミアを兄が宥め、突然インターホンが鳴り、ドアが蹴破られる。

「おいおいおい、誰もいないと思ったのに、男と女が乳繰り合ってるじゃねーかよー」

 ドアの先にはアミノと同じような体格で、くしゃくしゃになったスーツ姿の少年が灯油缶を片手に立っていた。

「誰だよお前、ちなみに僕はアミノだ」

「は?」

「こっちは名乗ったんだから答えろよー」

「返答はこの鉛玉で受け取れや!」

 少年は懐から拳銃を取り出し、アミノに照準を合わせる。しかしその数瞬前に、妹が手錠を投げつけていた。少年は反射的に体を右に捻って手錠を避けながら引き金を引く。少年の撃った弾丸は手錠を避けたためにアミノに当たらず、フローリングにめり込んだ。アミノは能力の暴発で自らの手と、ノミアの手とを手錠で繋ぎ、すぐさまノミアの手を引いて右側のベランダに逃げ込む。

「待てやゴラァ!」

 少年は二人を追いかけて、すっ転んだ。ノミアが能力によってベランダまでに通じる道の足元に、少年が通ろうとするまさにその瞬間、鎖が足に引っ掛けるように手錠を生み出していたのだ。まるで縄跳びで縄が足に引っ掛かるように。

「ぐはあっ!」

 少年が立ちあがろうと顔を上げた瞬間。ボギャアッ、とアミノはベランダにあった植木鉢で殴りつけ、ノミアは拳銃に触れた。壁と拳銃を繋ぐように手錠を生み出し、手錠の鎖を縮める力で少年の手から無理やり拳銃を引き剥がした。

「う、ぐ、くそっ」

 あっという間に少年は体を手錠でぐるぐる巻きにされてしまった。

「で、なんなんだよお前」

「はー? それを答える義務なんてありませんがー? はぁ〜〜ん!?」

 アミノが拳銃を構え、少年に照準を合わせる。

「で、なんなんだよお前」

「いやー、ね? ちょっとむしゃくしゃしちゃってなんでも良いから炎上させたくなっちゃったんだよね」

「は、炎上?」

 その時、アミノは焦げたような臭いを感じ取った。

「お兄様、階下が全部燃えてます!」

 ベランダから下を覗き込んだノミアが叫ぶ。

「まぁ、そんなわけで、俺たちはここで死んでしまうのだ」

「こいつ、灯油缶持ってたのは燃やすためなのか……」

 灯油によって火の手が回る速度が速く、部屋の半分を煙が埋め尽くすほどになり、数分もしないうちにこの部屋も炎に全てを燃やされるだろう。建築会社の不正によって整備もされていないこの建物には、避難ハッチや非常階段といったものは存在しない。アミノとノミアはベランダから下を見る。

「届きそうか?」

「お兄様が私を抱きしめてくれてれば」

「おいおいおい、ここは十三階だぜ? 飛び降りたって死因が飛び降り自殺に変わるだけだぜ?」

 アミノはノミアを抱きしめる。

「……っ! んんんんんんんん」

 ノミアは集合住宅の壁面にペタペタと手を触れ、体と外壁を繋ぐように手錠を生み出す。そのまま手錠の鎖を伸ばしてするすると下に降りていった。

「っと」

 地面に着いた時には煙によって二人は体も服も煤まみれになってしまっていた。二人は延焼を気にして集合住宅から数十メートルほど離れたところで、突如として爆発した。集合住宅は爆発によって支柱が折れてしまったのか、四階から七階にかけての中ほどから崩壊していった。

「私とお兄様の愛の巣が……」

「愛の巣言うな」

「……これからどうしましょうか」

「……とりあえず、どこか泊まれるところを探さないと、お金とかその他諸々全部置いてきちゃったし」

「なるほど、愛の逃避行ですね!」

「何が?」

 パチパチと燃え盛るかつての住処を前にして、二人は話し合う。夜空には赤い炎が怪しく立ち昇っていた。

 こうして、住むところを失い、着の身着のまま外に放り出された二人の兄妹の物語が始まった。

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