辛いものと甘いもの

海湖水

辛いものと甘いもの

 「あ、これって203円だったっけ。値上げした?」


 金岡かねおか鏡花きょうかは、目の前の商品棚のグミの値段を見てつぶやいた。前までは200円あれば買えた記憶があったのだが、間違えたな。

 財布の中を見ると100円玉が2枚だけ入っている。あと3円、あと一円玉が3枚だけ足りない。


 「しょうがない、あきらめるか~」


 鏡花は横に置いてある145円のグミを取ると、セルフレジへと持っていく。

 つい最近のスーパーはセルフレジが増えた気がする。まあ、つい最近と言っても、鏡花はあまりスーパーには行かないのだが。

 レジに通したグミを持つと、鏡花は塾へと向かった。グミは塾のイートインスペースで食べることにしよう。

 自動ドアが開くと、自然に下を向きながら鏡花は塾の中へと入っていった。その瞬間、視界の外から、聞いたことのあるような声が聞こえ、鏡花は顔を上げた。

 目の前に立っていたのは、中学生の時に仲の良かったリリだった。私が憧れていた高校の制服を簡単に着こなして、塾の先生と話していた。

 

 「あれ、鏡花じゃん。久しぶり~」

 「あ……リリ……。久しぶり……。この塾来てたんだ」

 「うん、先月から。よろしくね」

 「うん、よろしく」


 リリとの会話を早々に切り上げると、鏡花はイートインスペースへと早足で向かった。

 多分、あの時の私の笑顔は不自然だっただろう。声も震えていたかもしれない。

 リリと一緒に高校生活が送れたかもしれない。それを考えると、心臓がドクドクと鳴り始め、変な汗が出てくる。


 「ちゃんと努力したはずなのに」


 鏡花はイートインスペースでグミを取り出した。



 「あれ?これも値上がりした?」

 

 昨日行ったスーパーとはまた別のコンビニエンスストアで、鏡花はつぶやいた。

 またお金が足りない。今回は10円。昨日とは違ってワンコインですむ……けど足りていないことには変わりない。


 「はあ……私の人生、うまくいかないこと多いな……」


 まだ16年しか生きていないのに何を言うのか。だが、受験に落ちてからというもの、いいことは全く起きない。リリは彼氏ができたという。私は恋愛の機会すらないというのに。


 「明日はもう少しお金を持ってこよう……」

 


 3日目、鏡花はいつもよりもお金をたくさん持ってきた。これならきっと、何でも買えるだろう。


 「あれ……?安くなってる……」

 

 昨日見た、値上がりしたと思っていた商品の値段が元に戻っている。横には小さく、「価格表示を間違えていました」と書かれている。


 「まあ、いいか……」


 鏡花はそのグミを手に持つと、レジへと向かった。レジの店員さんがレジを操作し、目の前の液晶画面に支払方法が出てくる。

 鏡花は現金のボタンを押すと、お金をレジの中に入れる。


 「あ、これもお願いします」


 今日は何か、辛いものも食べたくなった。横に会ったポテトチップスもレジに置くと、もう一度、店員さんはレジに通してくれる。

 今は辛いとき。甘いものばっかりじゃ、飽きるでしょ。

 多分、人生も同じ。


 「というか、100円でこんなに変わるんだね、まあもったいない気もするけど」


 そんなことをつぶやきながら、鏡花は塾に向かった。

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辛いものと甘いもの 海湖水 @1161222

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