第45話 元世界の記憶

「すまんのう、ユウ。ほとんどをわしらがやってしまって」

「ご馳走を目の前したら早い者勝ちよ。すぐに平らげしまわないと」


 城の通路には屍となった兵士たちが無造作に捨て置かれている。

 濃い血の匂いが充満しており、そのほとんどが二人の手によって事務処理のように粛々と葬られていた。

 異様な光景だけど、あまりの状況に心が麻痺してるのか罪悪感とか不安とかいったものはなかった。


「ラナ、わしらは快楽殺人鬼じゃないのじゃぞ」

「あら、失礼。経験値っていう意味で言ったんだけど、誤解を招いてしまったら謝るわ」


 その時、通路の先より二人の人間が現れる。

 他の兵士たちと同じような鎧を着ていないことから、特別な存在だと思われた。

 真打ち登場だ。真理洞察トゥルースビジョンを使うまでもなく、腕が立つことが俺でもわかる。


「それじゃあ、俺たちも極上の経験値をいただくか」


 男は黒髪の長髪に真っ白な装束を身に纏っている。


 「私は別に今更、経験値なんていらないけど。レベルなんか言ってる奴は2流よ」


 一方、魔術師と思われる女は全身に杖までも黒で統一されていた。

 

「ふむ。やっと歯ごたえのありそうな相手が出てきたのう。剣士の方がアルタイルじゃな」

「真っ黒な黒魔術師の彼女はリリスね。王国の双頭と呼ばれる人間が遂に出てきたじゃない」

 

 強者を目の前にしてエドワードとラナの二人はどこか嬉しそうだった。

 なんとなく気持ちは分かる。これが血が騒ぐというやつだろう。


「ユウ、どうする? この二人もわしらがやってしまっていいか?」

「ああ、大丈夫だ。ただ、黒崎と王の側近の魔術師のセリーナ。そして王だけは俺にやらしてもらいたい」

「クロサキって異世界人で最強って言われてやつね。了解」

「誰が誰をやるってぇ?」


 そこで、黒崎まで登場した。

 ぱっと見ではあまり変わっていないように見える。


「さて、これで役者は全部揃ったかの? どうじゃ、ここは三人が存分に戦うにはちと狭い。三箇所に別れて戦わぬか?」

「いいわ、了解」

「了解だ」




 俺と黒崎は中央の裏庭で戦うことにした。


「てめえ俺に待ってろだとか大口叩いてたらしいな」


 黒崎が我慢できない怒りを抑えながらといった感じで言う。

 

「ああ、そうだが?」


 俺は内心不安に駆られながら冷静を装って言う。

 強くなったはずだった。強くなったはずだが、いざ黒崎を前にすると不安が先行してしまう。

 

「異世界に来て勘違いしたか? また体に教えてやらねえといけねえみてぇだな」


 黒崎は笑みを浮かべながら言う。

 俺の脳裏に元世界での黒崎との嫌な思い出が蘇る。

 俺は瞑目する。




 

「だから嫌だって言ってんだろ! なんで俺がジュース買いにいかないといけないんだよ! 自分で行ってこいよ!!」


 我慢の限界で俺はキレて言った。

 

 教室内が一瞬、静まり返る。

 クラス中の注目が俺と黒崎に向かっていた。


 窮鼠猫きゅうそねこを噛むとはこのことであろうか。

 黒崎の顔は驚きの色に染まっていた。


「小日向君が嫌だって言ってるんだから、黒崎君、止めて上げてよ」


 そうよそうよ、と女子たちから同意の声が上がる。

 黒崎の顔がひきつる。


「べ、別に無理にとは言ってねえんだからよ。分かったよ」


 黒崎はそういうとバツが悪そうに教室を出ていった。

 教室内ではくすくす笑いがあちこちで起こる。


 黒崎がいなくなった教室で席に戻ると心の中で歓喜の叫びを上げる。

 やった、遂に言ってやったぞ!

 俺は手足の震えを抑えながら、密かに黒崎を撃退した喜びを噛み締めていた。



 

「おい、小日向」


 その日の帰宅時のことだった。


「てめぇ、ちょっとこっち来いよ」

「な、なんで……」

「いいからこっち来いよ、てめぇ!!」

「…………」


 そこでボコボコにされた俺は三日間学校を休んだ。

 親には喧嘩をしたと嘘をついた。

 体を痛めつけられただけなく、心も完全にへし折られて、黒崎に対する恐怖心を植え付けられた。

 ばらまかれたら人生が終わるような写真も取られた。


 三日後、不安と恐怖に駆られながらも学校に行き、それから地獄の日々がはじまった。




「おい! 聞いてんのかよ、小日向ぁ!」


 目を開くと、目の前には黒崎の姿があった。


 屈辱の記憶。

 俺は自分を取り戻さないといけない。

 黒崎という邪悪を乗り越えて、本来の自分を取り戻さないといけない。


「…………聞いてるよ」


 ただ勝利するだけではない。

 黒崎のすべてを上回り、完全に勝利するつもりだった。

 植え付けられた恥辱と恐怖をすべて払拭するつもりだった。


「じゃあ、これからは折檻の時間だ。勘違い野郎には現実を教え込まないといけないからな。またてめぇを俺の従順な奴隷にしてやるぜ!!」

「黙れ! 俺は今日、お前のすべてを超えてやる!!」


 お互いの掛け声が開戦の狼煙になった。

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